2004.03.16(火) - East.Mix

「たま」という船に乗っていた
思い出。の巻

本日は恵比寿で営業を交えて他ベンダとの打ち合わせ。いくつかの宿題をもらって打ち合わせ終了。

その後は、営業と昼食をとり、その後営業とコーヒーを飲みながら色々と話す。人間、ストレス発散の方法が大事だねって話なんかしたりして。昨日はちょっと愚痴っちゃったからな。反省。

一通り作業終了後は、本来の顧客先に移動して作業。本日は大きな問題も無く19時には仕事終了。

仕事が終了しているのだが早く帰るのが怖い。「なんだ昨日の日記だと、仕事が無ければ早く帰ると自分で言っていたではないか。」その通り。会社からは早く出るべきなんだ。そしてそこからを自分の時間として有効活用すべきなんだ。

だが、哀しいかな、若いうちをほとんど仕事に費やした僕は、仕事が終わったら一人。部屋に戻るともう一人だ。時間の使い方が下手な僕。耐え難い孤独。だから、今日もパチスロをしてしまった。結果8000円の負け。もうお金が無いのでヤメ。二つ隣の台は面白いように出ていた。世の中こういうものだ。パチスロはもうやめよう。

ニュースステーションを見ていたら辻井伸行くんという人が出ていた。全盲というハンデを背負いながらピアノという才能を持っている。世の中には才能というものがあって、天才という、ある意味超能力みたいなものがあり、目が見えないハンデを背負ってもそれを補って余る物がある。「人生はある意味平等だ。」なんて思ってしまったりした。でも歌が下手で少し安心した。世の中に万能な人はいない。

今日は、「”たま”のランニング」こと石川浩司が書いた『「たま」という船に乗っていた』という本を購入し、帰宅時の電車と帰宅後の部屋で一気に読みきってしまった。

「たま」と言っていま判る人が何人いるだろうか?まぁ、知っていたとしても「あぁ、あの『さよなら人類』の一発屋の人でしょ」程度かもしれない。

でも、僕は「たま」を高校1年生で(正確には「さよなら人類」を初めて聞いたのは中学3年生のイカ天だったが。)知った。

「たま」つながりで高校時代に友達が出来た。そしてビートルズ一辺倒だった僕を新しい音楽の世界に引き込んでくれた。本格的にがっきをはじめたのは「たま」のコピーだった。”僕の高校時代=蘭越+たま”だったのかもしれない。本当に僕の人生を作るうえでの重要な部分(それも高校時代という一番ナイーブな時期!)だったのだ。

で、『「たま」という船に乗っていた』を読み終わって…

「”たま”は本当に解散してしまったんだなぁ〜」と痛感させられて、僕の思い出の一つの箱に鍵がかけられて押入れの奥にしまわれた衝動に襲われた。最初の出会いで大きな箱に”たま”を詰め込んでいったが、柳原幼一郎脱退後は、何気なく部屋のすみにおいてあるような感じだったが鍵はかけておらず、時折新しい音源なんかを入れていた状態だったのだ。それに完全に鍵がかけられた。

はっきり言って、『「たま」という船に乗っていた』という本は、「アイデン&ティティ」よりも「リンダ・リンダ・ラバーソール」よりも当時のバンドブームが正確に記述されている。そりゃそうだ。ノンフィクションだ。

アングラで自分達の音楽をやっていた人達がひょんとした事から、メディアに祭り上げられ、飽きられ、本来の自分を取り戻し、そして解散していく…。そこには時系列と事実がはっきりと示されていた。

解散コンサート(行きたかったが知ったのが遅くてチケットが取れなかった。)では、ワタナベイビーが酔っ払って乱入し、「さよなら人類」を歌ったらしい。そして間奏部分では「辞めないで〜『たま』を辞めないで〜」と歌ったそうな。皮肉にも、今は脱退した柳原曲。良くも悪くも「たま」の第一印象の曲を歌うとは。

最後に石川浩司はランニングを脱いだそうだ。

もう、”「たま」のランニング”はいないのだ。

これで良かったんだろう。

時間は時に残酷だ。

そして、僕はビールの酔いにまかせては鍵をかけて物置の奥に置いたはずの箱を懐かしそうに開けて、音楽を聴くのである。

きっと。


おやすめ。


日記才人
テキスト庵
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