193
1/2/3/4/5/6
1
「おい、193!」
どこかで叫ぶ声が聞こえる。
「おい、193!点呼!」
目を開ける。どうにも193と呼ぶ声の主は僕に向かって叫んでいるらしい。
僕が193なのか?なんの番号?
「は、はい。」
とりあえず答えておく。
「よーし、今日も生きているな。じゃあ、次、194!」
声の主は遠く去っていった。
よく周りを見ると、僕は鉄格子の中に入っていた。よく映画とかで見る、あれだ。
周りを見回すと、今僕が眠っていた布団と簡易トイレと本棚が目に入る。
僕は、いったい、何をして、ここにいる?
確か僕は昨日飲めもしない酒を沢山飲んで、この世に思い残す事も無くホームに滑り込んでくる電車に飛び込んだはずだ。
「ここは天国か?それとも地獄?」
死後の世界ってのはあるんだなぁー。想定外だ。
まだまだ、僕にはやることがあるのか。ってか何をやるんだ!?
寝ぼけていたのかもしれない。
実際に肉体がここにある。手で触ると、自分の身体を確認できる。
鏡が無いので自分が今どのような姿をしているか分からないが、ここは死後の世界ではないみたいだ。昨日の続きがまだ続いているのだ。
僕は確か電車に飛び込んだはず。そこまでは記憶がある。が、痛みの記憶が無い。だから瞬間に意識が飛んだと思った。違うのだろうか?
それより、ここはどこだ?
さっきの声の主は「今日も生きているな。」って言っていたような。
そして、僕は今、生きているんだ。
しばらくすると、格子の一部が開いて朝食が運ばれてきた。
バナナと牛乳。シンプルだ。
窓からは明るい陽が差す。時計が無いので何時かは分からないが、今が日中である事にはかわりない。
昨日まで死のうと思っていたので正直食欲は無かったが、喉が渇いていたので牛乳はありがたかった。喉が潤う。
ところでここはどこなんだ?僕は警察に捕まったのか?んで、豚箱って訳か?ここはそういうところか?おれはこれから何をするんだ?
結局、暇をもてあまして残っていたバナナも食べた。思ったより美味しかった。まだこういう感覚って残っているんだな。
ちょっと振り返ってみよう。僕は、仕事も上手くいかなくて、彼女も居なくて、借金で首も回らなくなりそうになった。だから、おもいきって借入限度額まで全部借りて思いっきり遊んで、思い残す事無く電車に飛び込み人生を終える。そういうストーリーだったハズだ。ギャンブルしまくって、風俗行って、キャバクラ行って飲めない酒飲んでゲームオーバーだったハズだ。
ただ、そうはなっていないんだな。部屋を見回しても昨日まで着ていた服や財布や鞄が見当たらない。だから、どこまでが本当なのかが分からない。
「よーし、点呼終了!では、今日の任務を伝える!今日は水道橋に行って競馬につぎ込め!金はこちらで準備してある!ただし、一定金額以上勝ったら没収だ!では牢を開ける!一列に並べ!」
は?意味が分からない。今日の任務って牢獄だったら普通掃除とかそういうのじゃないのか?競馬?つぎ込め?
牢が開く。とりあえず出て、一列に並ぶ。ここで初めて他の人達と出会う。誰もが人生に絶望したような顔をしている。ただ、慌ただしいせいか、会話をする時間は無い。
「一列に並んだら列を乱さず進め!服を支給する!今日はGTのレースがあるからな。とりあえず一人10万支給する。狙いは自分で決めていい。焼きそばやビールを飲んでもいいぞ。だが、競馬場からは出るな!16時にまた向かえに来るからな。それまでは競馬場を出るなよ!」
なんなんだ?ここは。僕に今日10万円くれて自由に競馬しろ?ってのか?それに、ここにいるみんなに10万円支給するのか?目的は?意味は?
:
僕は今、競馬場にいる。服はそれなりの服を支給してもらった。競馬場までは目隠しをされてバスで連行してもらった。手元には10万円。
この10万円。僕の金なのか?今日の全てのレースが終了したら全額没収されるのか?ただ、確か「一定金額以上勝ったら」って言ってたよな。それって幾らだ?
全てに疑問符が付く中、とりあえず、競馬新聞を購入し、それを読みながらビールと焼きそばをほおばる。自分の金で無いからなのか、「こんなことしていいのか?」って疑問が沸く。
でも、いいじゃないか。この10万円使ってやろう。そんな気持ちに変換するのにはそんなに時間がかからなかった。
「どうせ僕の金じゃないんだろ?まず5R〜8Rまでは各レース1万円ずつ使う。後は1R2万円だ!中穴を狙う」
競馬なんてあんまりやったこと無いけれど、まぁルールは分かる。
作戦はこうだ。”本命を複勝で買う”。本命と称される馬が3位までに入れば配当がある。それが複勝。本命が1位になる確率は厳しいけれど3位までなら可能性は高まる。リスクは低いんだ。
「どーせ、無い人生だし、この10万円も僕の物じゃねー。だから、1回試してみたかったんだ。」
結果、10万円は8万円になった。結果から言うと2万円負け(新聞やビール、焼きそばとかもあるけれど)だけれども、5R〜最終レースまで万単位で賭けてこの負けで済んだのは奇跡に等しい。
と思ったが、やはりプラスにはならないのだな、と思う。
全レースが終了して競馬場を出ると僕を連れてきたバスが居る。別に逃げる気持ちは無いし、逃げてどうになる訳でもない。僕はバスに乗り込む。ふと、うしろを振り返ると、朝見た連中が同じようにバスに向かって歩いているのが見えた。
:
結局、目隠しをしてまた元の場所に戻ってきて、手元に残っていた8万円を全額渡し、今着ている服と就寝服を交換し、まだ格子のついた部屋へと戻る。
今日一日を振り返ってみる。
いったいなんだったのであろう?明日も競馬に行くのだろうか?それとも、明日から過酷な労働が待っているのであろうか?
考えていたら21時(頃だと思う)に全ての部屋が消灯された。日頃、1時や2時まで起きていたので、正直こんな時間に電気を消されても、する事が無い。
仕方が無いので布団に入って天井を見る。
明日は何が待っているのだろう?そして、今の僕の状態はなんなんだろう?193?確か朝は194の声も聞こえたから、それ以上の人数が10万円を持って競馬場に行ったのだろうか?何人かは10万円の元手を増やしたんだろうな。まぁ、それも没収されるんだろうけれど、この組織(?)はこうやって利益を出している?いや、それにしてはリスクが高すぎる・・・。
不安と共に色々と疑問に思っているうちに疑問の内容もあやふやになり、僕は眠りについていた・・・。
2
「193、点呼!」
昨日ぐっすりと眠ったせいか、今日はこの声がかかる前に起床していた。正直TVもPCも無いこの部屋は暇であった。ただ、窓から射す明かりが暖かい。
「はい。」
とりあえず回答をする。
「よーし、今日も生きているな。じゃあ、194!・・・」
声の主は遠くなっていき、次第に聞こえなくなった。それにしても、「今日も生きている」ってのはなんなんだ?ここは自殺願望者の集まりなのか?
と、思って自分の経験にハッとする。そうだ。僕も電車に飛び込もうとしていた人間だ。いや、実際に飛び込んでいたはずなのだが。
そういえば、本来の会社には電話もしていないし、実際出社していない。無断欠勤扱いになって、僕が持っていた携帯には物凄い数の着信が入っているだろうな。
自分が突然行方不明になった会社は慌ててるのか、まだ1〜2日だから何事も無く回っているのか・・・そんな事考えていたら朝食の時間になった。今日もバナナと牛乳だ。
ものの数分でそれを食すと、またアナウンスが流れる。
「本日は各人、新橋のパチンコ・パチスロを打ってもらう。店はこちらから各番号毎に指定する。一人持ち分は10万円。基本的に流れは昨日と一緒だ。パチンコ屋なので、閉店まで打ち続けてもらう。なお、持ち分が無くなった場合は本日支給する携帯で電話をする事。追加の持ち分を担当が渡す。なお、食事は自由だがそれ以外の事にこのお金を使うことを禁じる。君たちは監視されているのを忘れるな!」
今日はパチスロと来たか。今日も遊んで良い訳だ。それも、僕の借金を増やす元凶になったパチスロかぁ。金の心配はいらないときている。でも、これってあれなのかな?どこかの店とサクラの契約でもしているのかなぁ。
しばらくすると格子が開き、服と10万円を支給され目隠しをしてバスにのる。目的地は新橋だけれども、ここがどこか分からないようにしているのだろう。それにしても、それに意味はあるのだろうか・・・?
指定された店に到着する。10時5分前。お店は開店前の行列など無く閑散としている。
「そうだよなぁ〜。これは出る気がしないよなぁ。僕はそんな店とかに借金をして通っていたのか・・・。」
少し暗い気持ちになるが、開店して店に入ってしまえば大音量の電子音に我を忘れる。競馬みたいに決まった時間にレースが始まるものでは無いので、基本的に自由に立ち回れるのだ。
僕はギャンブル性の高い台に着席した。なかなか当たらないけれど、1回低い確率でモードが変わると閉店まで出っぱなすような台。
僕はここに来る前にこの台で爆発して出している人を何人も見ている。簡単に考えても10万円以上は楽勝で勝っている連中。僕も、その一発を夢見て、何度散った事か。あぶく銭って言葉があるが、僕はその出ている連中を見て、「これだけ勝ったんなら、あれを食べよう、そして、あれを買おう。」なんて夢見ていた。そして、結局投資額だけ水に流れる訳だ。
だが、今日は勝手が違う。持ち金は無尽蔵だ。10万円が無くなれば連絡すればいいって言っていたもんな。渡された携帯の電話帳には唯一”本部”とかかれた連絡先だけが入っていた。おそらくここに電話すればいいんだろう。
さっそくお金を入れ、レバーを叩く作業に移る。
:
パチンコ屋には基本的に時計が無い。何時か分かってしまっては客が帰るタイミングを持ってしまうからであろう。でも、今の僕には携帯がある。携帯をチェックする。この時計が正しければ今は午後2時だ。
もう4時間も打っているのか。僕の台は出だしは良かったが出たり飲まれたりを繰り返す。そのうち飲まれたりの方が多くなっていって持ち金が減っていく。まだ爆発モードにはなっていない。
「飯、食うか。」
店員に言って食事休憩にしてもらい、持ち金から金を出してラーメンを食べた。厳密にはあとビールを一杯。別に酒を飲むなとは言われていないからいいだろう。酒に強いほうでは無いが軽く飲む分にはいい。気持ちも大きくなる。昨日も飲んたしな。。
そして、僕はまた店へと戻っていく。
:
あれから4時間。18時過ぎ。持ち金がそこを尽きそうになる。昼間はガラガラだった店も場所柄か仕事終わりのサラリーマンがどんどんと入ってきて、客の入りは8割程度まであがった。
結局19時に持ち金が無くなってしまった。10万円が一日で飛ぶのか。こりゃー、リスクも高いし、僕も借金する訳だ。疑心暗鬼で携帯の”本部”に電話をして「支給されたお金が無くなりました。」と伝える。電話の主は「193だな。入り口で待っていろ。黒いスーツに黄色いネクタイの本部の人間が居る。そうしたら193です。と言え。」と言う。
ほんとかいな?と思いながら、入り口へ向かうと、確かに黄色いネクタイの黒服が立っているでは無いか。おそるおそる「193です。」と言うと、「ついて無いな。」と言われ封筒を渡された。「引き続き、閉店まで打て。」との事。
今打っていた台に戻り封筒を開けると5万円入っていた。無尽蔵とはまさにこのことなのだな。さっそく1万円札をマシンに入れる。電子音と必要以上にチカチカとフラッシュする演出で麻痺しているけれど、正直、全部負けている訳だ。自分のお金だったら10万円負けた計算になる。そして、さらに5万円追加投資しようとしているのだ。
「正直、今から打っても閉店までには取り返せないし…なんて言うか、疲れた。」
疲れた。
まさに、その思いなのである。これが自分の貯金であれば、もの凄い後悔していただろう。10万円だぜ!?月給の手取りの半分だ。それを一日で…。
さらに、5万円の追加投資。生活費を除いて、借金した形になるであろう。それも一日でだ。
「これって、楽しいのか?」ふと疑問がよぎる。
その時、ちょうど低確率のモードを向かえた。ここが一番熱い所だ。ここで、あと一歩ノリが良いと閉店まで出っぱなしのモードに突入だ。
継続確率は95%。95%の割合で出まくるのだ。
が、95%はかなりの確率と思われるが、20分の1で5%を引くのだ。
「これは終わらないな。上手くいけばかなり取り返せる!ついに僕もこのモードに入った!」と思ったのもつかの間、あっけなく20分の1を引いてしまった。こういう時だけいい引きを見せるんだよなぁ。
結局、少量でたメダルは全部飲まれ、結果15万全額とは言わないが、13万は負けた結果になった。手元には残りの2万円。「まぁ、この2万円も全部没収だろうな。それよりも、10万円を越しているからその分、なんらかの形で借金になるのか?」不安はよぎる。
23時。閉店である。実に長い一日であった。勝っても負けても自分の金で無いと思うと、この一日がとてつもなく長い一日に思えた。自分の貯金と直結していれば、明日から立ち直れないくらいのダメージだな。ってか、午前中で見切ってるよな。などと考える。そうだ、他人の金で、勝っても自分の金になるのかどうか分からないで開店から閉店までパチスロする。
勿論、そんな経験初めてである。総じて一日楽しかったか?と自問自答すると、多分こう答える。「暇だった。つまらなかった。」と。
今までこんなに借金するまでつぎ込んだのに、一日でつまらないと思えてしまう感覚。「僕はパチスロが好きなのでは無くて金が好きだったんだな。」つい声が出てしまう。この店に居る連中はどっちなんだろう?僕は金になればいいんだ。ゲーム性なんて二の次だ。そういう本心に気づいた一日だった。
本当に今までギャンブルをしまくって、それに満足していた自分がいたのだけれど、実際に自分のお金が動かないとこれほどまでにツマラナイものかと辟易してしまう。なんなんだ!?この違い。でも、例えば、今日、大勝ちして、10万円が25万円になったとしよう。目の前に積まれるメダル。溢れ出るような周りからの羨望の眼差し。でも違うんだ。換金したらきっと全額没収されてしまう。これは”仕事”なのか!?
ただ、衣食住は守られている。朝は質素だが、昼は10万円の予算以内であれば基本的に何を食べてもいい。TVはないが寝床もある。都会では眠るところも無く日々駅のホームの近くで眠っている人たちが数多くいるのに、僕は毎日食事ができて、今のところ、日中は(周りの目から見れば)金に糸目を付けずに遊んでいるではないか!
これが僕の望んでいた生活なのか!?
わからない。わからないまま、今日も眠りにつく。
3
あれから一週間ほど経とうとしていた。結局、あれから競馬ーパチスローパチスロー競馬ーパチスロみたいなローテーションが続いた。
どうせ人の金で楽しくもないから適当な戦法(普段ならまずやらないような方法)で立ち回ってみたり、競馬で大穴に投資したりした。
人間、欲が無くなると不思議と勝つもので、奇跡かもしれないが夜の僕の残金は毎日10万円の切る事は皆無となっていた。
「これが僕の金だったら今頃借金なんてしてなかったんだろうなぁ。」ふと思うことがある。それ位勝っていたのだ。言わば、「無欲のギャンブラー」と言ったところか。
ある夜。
突然、格子が開いた。
何事?いきなり何かの刑罰を受けるの?頭が動転する。
「193。最近、”生きてる”な。ずいぶん勝っているみたいだ。」
「は、はい。おかげさまで。」
「ここの生活も暇だろう。夜は誰とも話せないからな。」
と言うと、後ろから大きなディスプレイを持った人たちが現れて、狭い部屋の空っぽの本棚の上に置き、なにやら配線をセットしている。
「わかるだろ?TVだ。ここにいる間自由に見てもいいぞ。消灯後は音はスピーカーからは出ないようになっている。ここにあるヘッドフォンで音を聞くんだな。但し、朝はいつも通りだからな。」
何事!?
いきなりTVがやってきた。自由に見ていいと言うのか。世の中わからないものだ。
結局、一週間以上ぶりにTVを見ることが出来た。世の中は一週間では変わらないもんだな、と昔よく見ていたバラエティー番組を見ながら思う。
そして、昔よく見ていた深夜番組を見ているうちに気がつけば眠ってしまっていた。
次の日。
今日は休みだ、と言う。特にすることは無い。一日中TVを見ていろというのだ。まぁ、ここでいう一日中ってのは自由な時間にTVを見ていいってことだろうな、と簡単に考えていた、が、「あ、いい忘れたが今日は19時までTVのスイッチは消えない。チャンネルは自由にしてもいいが、TVは消えないからな。邪魔だと思ったら音量をミュートにするんだな。
また、頭が混乱する。今日は「TVを見る仕事」なのか?でも、音量をミュートにしてもいいって事だから、「TVを付けている仕事」って事になるのだろうか?またしても目的が見えない。
なんなんだろう?ただ、TV見てればいいのかなぁ。
朝はいつも、会社に遅刻しそうになるまで朝の情報ニュース番組を見ていたので、「あぁ、これをゆっくりと見れるのはいいものだなぁ。」と思っていたが、それもつかの間。10時位から苦痛になってきて、お昼(今日は格子があいて、よくあるような唐揚げ弁当が配給された。)を食べた午後、もうギブアップ状態になってしまった。
世の中の人はずっとこれを見ているのかな?何が面白いんだろうか?最近、TV業界が不況とも言われているけれど、頷けるわ。
TVのスイッチは消えなかったけれど、音をミュートにして、しばし布団に横になり、天井を見る。
僕がここに来て一週間以上経つんだよな。会社はどうなっているだろうか?さすがに僕の家くらいには来ているだろうな。僕は当然そこにはいないけれど、僕の死体も存在しない。捜索願位出ているのだろうか?TVではその話題については何もやっていないなぁ。警察とか動いているのか、それともここの組織みたいなのが警察と手を組んで国家的に何かをしようとしているのか?
自分がいなくなった世界をちょっと思い浮かべた。
僕は今の会社で事務を担当していたけれど、事務は僕一人では無いので会社が回らない事はないはずだ。よく、仕事を定時であがってパチスロとかしていたので、仕事もそんなに忙しくはない。
きっと、会社は僕なんて始めからいなかったかのように回っているのかなぁ。きっとそうだろうな、気になるあの庶務も僕の事なんか忘れてるだろうなぁ。声もかけれなかったけれど、ちょっとそれが悔やむなぁ。
まぁ、でも一度捨てた人生だし、なんて言うんだろう?ロスタイムみたいな期間がこの世界には存在するのかな?
日々はこう、何か目的があって、生きているって感じるんだよな。
今の僕は本当に「生きている」のか?
誰かと話したい、自分の存在を伝えたい。そんな気持ちが沸き上がってくる。
最初は、「僕一人居なくなった所で何も変わらない」僕だったが、僕は今の所居なくなって無いのだ。そうすると、無性に自分の存在を知ってほしくなる。
人間とは実に不思議で我がままな性格なのだろうか?本当にどうしていいかわからない。
気がつくと、19時を過ぎていた。TVは夕方のニュース番組から、ゴールデンタイムのバラエティーへと遷移する。一応、19時を過ぎればTVは消しても良かったが、なにやら懐かしい番組が始まってきた為、結局、夜更かしをするはめになってしまった。
4
朝は普通に起きれる。
ただ、最近、仕事をしていた時や友人と遊んでいた時の夢をよく見るようになった。そして、起床して、まず絶望する。今日も生きている。ってのはこういう事か。それにしても今日はもうTVの一日は嫌だな。
いつもの点呼の時間になる。いつものように番号で呼ばれ、番号で返す。
そして今日の任務が始まるのだ。
「今日は、100から200には特別任務を言い渡す!」
一瞬、ドキッとする。今までの毎日が特別なのに、さらに”特別”って言うからだ。
「今日は、ビル清掃を行ってもらう。場所は大手町!」
「!?」いつもと勝手が違う。ビル清掃?これはまっとうな仕事ではないか!まぁ、当たり前と言えば当たり前か。今までが特別すぎたのだ。
いつものように目隠しをしてバスに乗る。
行き着いた先は閑散としたオフィスビル。
「そうか、今日は日曜日か。」最近はTVを見ているから曜日感覚も解るようになった。
清掃着に着替え、電動のウォッシャーを使って廊下をひたすらクリーニングする。どんどんと奇麗になっていく床。お金にはならないけれど、今までと違う達成感がある。
「あぁ、仕事しているなぁ。」
ふと、笑顔になりそうな自分がいる。しかし、よく考えてみろよ、ビル掃除なんて底辺の仕事だぜ。
そう思いながらも達成感からくる喜びは隠しきれない。僕、働いてるんだよな。
大人数でビルの清掃を行ったので、午後には作業が終わってしまい解散になってまた鉄格子に戻されたが、かえってきてから心地よい体の疲れを感じ、まどろみのなかで、TVを見て、ふと思う。
「これなんだよ、な。」
夜、TVを見ながら程よい疲れを感じる。体を動かして仕事をする。仕事が終わったら各自好きなことをする。そして生活する為に必要なお金が仕事の対価として給料という形で支給される。
”好きなことを”って言っても今はTVを見ること位しかできないけれど、好きな映画を見たり読書したり、音楽を聞けたりすれば、なんか、こう満足しそうなんだよな。僕は今まで仕事をしていたけれど、そこで楽しみを感じていたのだろうか?帰り道に惰性でパチスロをして、金がなくなり借金をする。程良く眠くなるまで酒を飲み眠る。
本来の意義を失っていなのかな?だから、行き詰って電車に飛び込もうとしたのかな?借金があったから?いや。どうだろう!?まだ限度額一杯には行っていなかった(結果的には限度額まで無理やり借りたけれど)から返済だってできた筈だ。気が遠くなる返済に嫌気が差した?…わからない。こんな所で人生の意義について考える事になるとは思わなかった。
色々と考えていたら今までの人生がものすごく薄っぺらく意味が無いものに思えてきた。「いかん、いかん。人間、生きていることに意味がある。」なんて、電車に飛び込んだ(ハズの)人間が何を言っても意味が無いが、まぁ、今、生きているのだから、よしとしよう。
そして、出来なかった事を考え始める。
「彼女欲しかったなぁ〜。結婚して、子供作って、小さいながらも家を持って。」そんな普通な生活。世の中の大半の人が達成している生活を夢見ていた。
「その他は…。車とかバイクが欲しかった。あ、あとデカいテレビとソファー。音響にもコダワッてみたりして…。」
なんてワクワク考えていたら…眠っていた。
5
「193、点呼!」
「はい!」
「よし、今日も生きてるな。」
このようなやり取りが毎日続いている。正直こんな生活をしていて、死ぬ人がいるのだろうか?わからない。正直、僕にはそういう気持ちは沸かない。だからと言って満足している訳ではないが。
全員の点呼が終わってから今日の任務が発表される。最初のうちは毎日何かしらのギャンブルをしていたから、そういう物だと思っていたけれど昨日はいきなりビルの清掃とか来たからな、まぁ、それは問題ないんだけれど、そうすると、今日は何をするんだ!?
「今日の任務は、神田でパチンコだ、いつものように一人10万円支給する。なお…」
「あぁ、またパチスロか。正直辛いな。」
そんな言葉が自然とでた。
あれだけ人生の大半をつぎ込んだパチスロを辛いと感じる自分がいるのに驚く。だが、これは任務で監視されているのだ。監視を破って逃げた場合、明日の点呼で「生きている」と呼ばれないかも知れないのか…。
「生きているな」ってのはこういう事なのかな?とふと思った。このループに耐えれなくなった人間が逃げる。それが死、なのかもしれない。
今日もパチスロをする。もうそういう時はギャンブル性の高い台を打つように決めている。自分の金では無いのだ。コツコツと勝ったってどうしようも無いし、ものすごく、非生産的だ。
同じく、ギャンブル性の高い台が恐ろしく勝率の悪いものである事にも気づいてきた。まぁ、確率を考えれば当たり前の話なんだけれど、今までは、店をぐるっと見回すと1人か2人かは、出ている人がいたから、「出る」と思い込んでいたが、その確率だって全員の客から割りだすとものすごく少ないことに気付く。「店だって、客を煽る為には少しは出ている台を出すんだろうな。」計算的には店の黒字である事ははっきりしている。
今日もギャンブル性が高い台の確率の低さを証明する作業が始まる。
そして、一日が終わっていくのだ。
「たしか、ギャンブルが禁止な国もあるんだよな。だったら、この国もギャンブル禁止にすればいいのにな。やりたくても出来なくしちまえばいいんだ。」
そんな発言をするようになる。まぁ、昔は負まくって、言い訳のように言っていた言葉だけれど、今は本心から言っているような感覚だ。
「あぁ、まだ16時か。閉店まではしばらくあるな…」
そんな時に、低い確率を引いた。そして、見事にメダルが出だした。この当たりは実際閉店まで止まることは無かった。
閉店後、換金をする。今までは慣れで打っていたので10万円を切ることは無くなっていたけれどそれでも、12〜13万円。今日、僕が手にしたのは実に22万円、元金と合わせると、27万円だ。
久々に大勝ちした。でも気分は晴れない。このお金はすべて没収されるからだ。今となっては出ている間の電子音やフラッシュが逆に疲れて早く終わってほしいと思ったほどである。
店の中での少ない「凄く出している人」になったのに、嬉しさはほとんど無かった。疲れの方が強い。今でも目がチカチカする。
早く布団に入って眠りたい。
そうやって、今日は終わった。
「明日も、またギャンブルかな?なら、麻雀がいいな。あれは自分で頭を使える。」
そんな事を考えていた。どうせ、ギャンブルするなら、自分で考えさせて欲しかった。そして、お金とは別の戦いをしたくなっていた。
:
翌日も、残念な事にパチスロであった。実に苦痛に感じる。これだったら、無償でいいからなんか仕事させて欲しい。この前のビルの掃除なら喜んでやるよ。まぁ、この「パチスロを打つ事」も仕事なのかもしれないが、僕にはわからない。
日々、そんな毎日が続く。勝った日に換金行為は行うがすべての金額は没収される。実にここ数週間、僕は財布(と言うか自分の財産)を持っていない。でも生きている。実に不思議な感覚だ。
人に言わせると、「何不自由なく生活していて食いたい物食えてパチスロ出来るなんて最高じゃない!」なんて思うかも知れない、けれど、そういう人がいたら変わってもらいたいものだ。
夜、パチスロを終え布団に入り天井を見上げる。目を閉じるが昼間の電子フラッシュがチカチカして非常に疲れているのがよくわかる。肉体も精神も。特に目が辛い。天井は照明がかかっているだけだし、現に、今は消灯されているので部屋は暗いのだが、時折、フラッシュがチカチカする。
「まいったな。」
しばらくして、耳を傾けると、窓の外から雨音らしきものが聞こえる。何か、叩きつけるような、それは自分の思いに対してか、何かが自分に突き刺さる。決して耳障りでは無い。逆にチカチカした僕の精神をとろかすような音。少し濡らして、軽く溶かすような、そんな感覚。
そして僕は眠りに付く。
6
「193、点呼!」
「はい。」
そんな毎日。続いて「194、点呼!」の声までは聞こえる。すると声の主は消えていく。この場所はそんなに広くないのか?いや、毎日部屋を出ると何十人の人が居る。まぁ、正式に僕が193番目かどうかなんて数えたことは無いんだけれど。
「今日は一部メンバーに特別任務を申し渡す!」
お、今日は上手く行けばパチスロを逃れられるぞ!自分がワクワクしているのに気付く。「いつもと違う事」をするのは少し勇気がいるがそれ以上の楽しみが待っている。大抵の事なら出来るだろう。
「…、193、194、…!」
自分が呼ばれた事がわかる、やった!
「よーし、以上のメンバーは本日老人ホームへ行ってもらう。」
老人ホームか。何をするんだろうな?
いつものように目隠しをして、バスに乗り込む。いつもより長い時間、バスに揺られていたように思う。今日は結構遠いな。
「よし、目隠しを取って良いぞ!」
目隠しをとると、いつにもまして眩しい光が目に入ってきて思わず目を覆ってしまう。昨日の雨は明け方には上がったようだ。雲ひとつ無い青空が目の前に広がっている。それといつもと違う点がひとつある。それは”緑”だ。
毎日のように都心に運ばれていたんだ。目隠しを取るとビル、ビル、ビルの灰色の風景や過剰な広告が目に入ってきて辟易していた。それに対して今日はやけに風景が良い。ビルなどは無い。青い空と緑。そこにぽつんとある平屋建ての老人ホーム。なんだろう、凄い久々の風景だ。ギャンブルばっかりやっていてろくに旅行とかもしてないので、こういう風景を見るのは、何十年ぶりかもしれない。
しばし風景に感動していると、目の前に車椅子に乗った老人が運ばれてきた。
「この人ね、ハルさんって言うの。今日一日、面倒お願いね。」
施設の人からハルさんをバトンタッチされる。
「はじめまして、ハルさん。」とりあえず挨拶する。
「あれー、随分と若い人だねぇ。よろしくね。」ハルさんはにっこりと笑いながら返事を返してきた。
「どうします?」
「そうだねぇ。今日は天気がいいから、この庭を散歩したいねぇ。悪いけれど車椅子押してくれないかねぇ。」
「はい、喜んで!」
しばらく、車椅子を押しながらこの老人ホームの庭を散歩する。芝生は綺麗に刈り取られており非常に綺麗だ。
「今日みたいな日はねぇ〜、あと、何日あるんだろうねぇ。私みたいになったら毎日が楽しみでさぁ。いつお迎えが来るかわからないからねぇ〜。」
「そんな不吉な事言わないでくださいよ。まだまだ生きれますよ。」
「そうだといいけれどねぇ〜、最近は足腰もめっきり動かなくなってねぇ〜、不憫だねぇ。私があんた位の頃はさぁ、毎日楽しかったねぇ。旦那さんが帰ってくるまでに子供を育てて、料理してさぁ、そうだ、ウメさんの話は聞いたことあるかい?」
今日きて今日はじめて会ったのだ、ウメさんの話なんて聞いたこと無いし第一ウメさんが誰かも知らない。この人は、少し痴呆が入ってるのだろうか。
「あんたは若いから、色んな事が出来ていいねぇ。私もまた、旅行とかしたいねぇ〜。そうそう、昔、伊豆に行ったときにね、旦那さんと・・・。」
しばらく、ウメさんの話やら、若かった頃の武勇伝を聞かされる。実生活でなんの取り柄も経験もない僕はただただ頷くしかなかった。
昔話をしている時のハルさんはとてもいきいきとしていた。毎日誰かと話したいのだろう。孤独は嫌なんだろうな。よく、電気屋とかでレジで必要以上に店員と会話する老婆を見たことがあったけれど、きっと同じ感覚なんだろうな。
でも、人としっかり会話したのは本当に久しぶりだった。人と触れ合うっていいな。と思わされる。今までは会社ではコミュニケーションはあったけれど、休日になると誰とも話さないような生活をしていた。人とはスロット屋とかでは会うけれど、それは”見る”という表現が正しくて、誰かも知らないし、まして会話なんてしたこと無い。
食事も休日は一人で食べていた。カップラーメンやコンビニ弁当、たまに定食屋やファストフードだ。寂しいとは思ってないつもりだったけれど、随分と寂しかったんだな。
人と触れ合う、会話する。ものすごく当たり前の事なんだけれど、当たり前の事を今さらながら再確認させられてしまう。今日の”特別任務”は大当たりだ。
そんな事を思いながら、散歩をしていた。時折吹く風が心地良い。
しばらくして、お昼の時間になる。ハルさんはもう手も上手く動かせないので、代わりに食べさせてあげる事に。これも任務だ。
なんか、食べさせているうちに、子供の頃に入院したおじいちゃんに同じ事をしたなぁ〜と、その昔の感覚が蘇ってくる。それと同時に、いつかは僕も自分の手で食べれない時が訪れるのだろうか、と少し不安にもなる。
ハルさんの口の周りに着いたご飯をガーゼで綺麗にしてあげて、お昼は終了。
午後はどうするのかと思っていたら、今日の任務はここで終了らしい。ハルさんにお別れを告げる。
「またくるね、ハルさん。」
「私が生きているうちに、またおいで。」
正直、この”特別任務”はもっと続けていたかった。
帰りのバスの中で、今の自分の”生きている”とハルさんの”生きている”の重みがあまりにも違う事を思い知らされた。
ハルさんはしきりに、「生きてれば」とか「お迎えが来なければ」と言っていた。僕が言う衣食住全て完備されていてパチスロをして、”生かされている”のとは全然違うのだ。
夜、布団に入ると、ハルさんの笑顔が浮かんだ。それと同時に両親や祖父母の顔が浮かぶ。「両親、俺を心配しているかなぁ。」
実社会での今の自分の扱いはどうなっているのだろうか?再度考えさせられた。死亡扱いされているのか?それとも、入院でもしている事になっているのだろうか?それを調べようと思うけれど同時に恐怖が襲ってきて、つい先延ばしにしてしまう。
今は、ハルさんの笑顔に癒されよう。残念ながら独り身の僕にはここで”彼女”の顔が浮かんでくる事は無いのだった。