たこ焼きってたまーに食べると美味い。
北海道出身なので「たこ焼きはこうあるべき!」という拘りは無い。定義としては明石焼との違いがわかるくらいの知識。
粉モノ代表の一つ。食べていてコリッとしたタコの食感が好き。個人的にはお好み焼きよりもたこ焼きの方が好きだ。
僕は量を食べられる方では無いので、1個1個が小さいたこ焼きの方が分量をコントロールできるという意味もある。

……なのだが、出来立てのたこ焼きを1個丸ごと口に頬張って食べた時の「うわ、熱い!口の中大変な事になっている!でも美味しいから吐き出すのも勿体ない。熱い!つらい!うまい!」と目を白黒させながら食べる体験はさすがに今はしない。
出来立てを口に頬張るとそうなるという事がわかってしまっているので半分づつ食べる。安心確実だが「口の中大やけど、大騒ぎだけれどもだからこそわかる美味しさ」は経験する事はなくなってしまっている。
社会人になってからの僕の一つのテーマに『警察に捕まらないでできる事(=合法)はなるべく試してみる』というものがあった。
そのため、色んな事に首を突っ込んで色んな経験をした。
今、50歳の年齢になって思い返すと我ながら広く浅く経験値はある。……が、それももう一回りした感じだ。
おかげさまで”仕事一筋の真面目な人がある程度の権力やお金を手に入れた結果、中年になってから若い異性に入れ上がるとか、夜の街にハマる”と言った定型の堕落パターンに陥るような事は僕には当てはまらない。
冒険はしない。
結果的にそういう年齢になった。
若いうちに色々と経験はできたし、いまだに新しい事に挑戦する事は辞めていないけれど怪我などを考慮するようになった。
いつまでも20歳頃の身体では無い。スポーツを例に出すといきなりバスケやサッカーでもしたら肉離れや骨折リスクが常につきまとう。準備運動をしてもやはり怪我は怖いし、治るまでに時間がかかる年齢になっているので、ひとつの怪我が仕事や生活に与える影響が怖い。
ゴルフの打ちっ放し位が丁度よい。
とは言え歳を取ればとるほど肉体は衰えるので散歩などの運動はした方が良い。ジョギングでは無く散歩。これは嫌いではないので義務感なしに楽しんでいる。足腰は動くうちに積極的に使っておくに限る。
お酒は大好きが、35歳を超えた頃から自分に合うお酒、合わないお酒が解るようになったので合わないお酒は極力飲まないようしている。アサヒスーパードライとシーバスリーガルに対しては絶大な信頼をおいているのでもう冒険はしない。焼酎のお湯割り梅入りを飲むとなぜか突然政治に対して憤りを感じていた僕はもういない。
食に限っては生理的に食べられないものを除き国内であればほとんどのものを食べてきた気がする。北海道に生まれ関東圏の会社に入り、仕事の関係で数年間福島、福岡、名古屋に行っておりその土地の食べ物を食べている。もっと細かい出張などでもご当地の物を食べている。
そのためか「これってどんな味だろう?」とワクワクするような食べ物はほとんどなくなってしまった。
出来立てのたこ焼きを1個まるごと口に入れると口の中が大変になる事を知ってしまった。
経験が増える事は大事だが、知的好奇心は満たされなくなっていく。
でも経験があるからこそ「そうそうこの味。美味しいよなあー」とか「あーこの感覚、懐かしいな!」といった”反芻”をする事ができる。それはそれで大事な事だと思う。
次は海外だ。海の外を経験して10年後に同じような感想を抱きたいものだ。もしかしたら「まだまだだ!」と思うかも知れないけれどそれはそれで生きるモチベーションにはなるだろう。勿論、エベレスト登山のような”冒険”はしない事をここに記して終わりとする。


