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暁の青

【暁】…《「あかとき(明時)」の音変化》太陽の昇る前のほの暗いころ。

夢を見た。知らない女性が出てくる夢だった。夢っていうのは大抵起床と共に忘れてしまうものだ。起きてしばらくは余韻があっても、出勤時にはもう忘れてしまっている。夢ってそんなもの。でも、僕はその夢を鮮明に覚えていた。女性の顔も、そして何処かの街の明け方でその女性と過ごす夢。悪くは無かった。

僕は通勤電車に揺られながらそんな夢を反芻していた。あの明け方の街はどこだったんだろう?見たことがあるような、見た事が無いような景色。都会だったかもしれないし、しなびた田舎だったかもしれない。ただ、数件の建物があって、人はほとんど歩いておらず、カラスの鳴き声が響く。

…そんな事を考えるうちに会社に着いた。僕の会社は商社。と言っても新人なので、毎日ワープロで文章を作ってコピーをして、ジュースを買いに行かされて。まぁ、ようはペーペーな訳。なんの為に大学出たのか分からない感じだが、新人の仕事なんてこんなものなんだろう。それに、この会社はOB訪問の時に気に入って自分から志望した会社だ。頑張らない訳にはいかない。

同期入社は沢山いるけれど、仲が良いのはほんの数人。それも全部男だ。まぁ、彼女を作る時間なんて無いし、豪華なデートが出来るような金銭的余裕も無い。ただ、仕事帰りにその仲の良い同期と安い居酒屋に行って飲むのが唯一の楽しみ。

ある日もコピーにワープロ、会議資料の為のホッチキス留め(どうして、このパソコン時代に紙の資料がいるのだろう?プロジェクタには見やすいカラーの会議資料が写っているのに。)だ。ホッチキスの留め方一つにもルールがある。面倒ったらありゃしない。資料を会議室まで持っていって、一旦落ち着く。喫煙室で煙草を吸って、缶コーヒーを飲んで、一息ついて、同期にメールをする。


[Subject:]本日
————–
なぁ、今日、金曜日だし、いつもの居酒屋で飲まないか?
いつもの店、18時30分を目処に。

返事はすぐに来た。電子メールとは便利な代物だ。会社に入ると自動的に会社のメールアドレスが配給される。社内でも社外でも使える。嬉しいね。
結果、全員(と言っても5人だが)オッケーとの事。みんな暇なんだか忙しいんだかわからない生活を送っている。幸い、僕達は全員同じ寮に入っているので、飲んでもみんな帰る方向が一緒だってのはいい。

新人は大抵定時で帰れる。すぐにそんな生活じゃなくなるのは先輩達を見ていると分かる。だから、帰れるうちに帰ろうって寸法だ。まだ、先輩ともあまり打ち解けてないってのもあるのかも知れないが…

17:30。うちの会社の定時。しばらく、ワープロの手直しとかExcelでの表作成とかをやっていたが、19:00には先輩から「もう帰っていいよ。」とのお達しが出た。

会社を出て、いつもの居酒屋へ向かう。会社から駅までの間に沢山ある居酒屋の一つを贔屓にしている。店員のオネーチャン(河合さんと言う)がかわいいというのも理由の一つ。もう一つの理由は安くて、決して美味しいとは言えないので(これは褒められた事ではないが)会社の連中がほとんど来ないっていうのがある。先輩に聞くと、「あぁ、新人の頃は良く行ったよ」との事。まぁ、我々は飲めればいいのだ。味なんて二の次だ。

急ぎ足で会社を出て居酒屋へ向かう。もう他の3人は集まっていた。まだ1人来ていないので、ビリにはならなかったみたいだ。
「おう、先に始めてるぞ!」
まぁ、当たり前だわな。「おねーちゃん、生一つ!」先にも話したが、河合さんはかわいい。と言っても一人だけ。店長1人にバイト1人そんな居酒屋。河合さんは髪が長く、背は160cmはあるだろうか、胸も魅力的で、みんな目の保養にしている。先輩にこの話をした時には、まだそのおねーちゃんは働いていなかったらしい。僕らは、みんなおねーちゃんにアタックしたが、どうにも彼氏がいる模様だ。カワイイおねーちゃんには彼氏がいる。自然の摂理だ。出来る事なら、この摂理が崩れて欲しいと思うと同時にハゲ頭とおばちゃんパーマの両親を恨む。

しばらくしてビールが運ばれてくる。みんなで「乾杯!」、まだ一人来ていないので、もう一度乾杯はあるんだろう。日本人はなんで乾杯と〆の挨拶が好きなのかねぇ~。
おつまみは…魚肉ソーセージに、にら玉、野菜炒め。まぁ、僕らの中では王道の献立だ。決して体にいいかは判らないが。

話のネタは…まぁ、仕事の話はしない。我々は仕事の話なんてする奴がいない。大抵、学生時代の武勇伝や、彼女欲しいなぁ~って話、ゲームの話やTVの話。下世話な話だが、居心地は悪くない。あぁ、ただ一人だけ、仕事について熱く語る奴がいたなぁ~、そいつは、まぁ、まだ来ていない一人な訳だが。

そいつの話は、そいつが着てから話すとしようか。

「おう、遅れてすまん」やってきた。最後の一人。立川である。立川は今にも”忙しい仕事をこなしてきたぜ。”といわんばかりに、スーツの上を脱ぎ、ネクタイを緩め、”おねーちゃん”に「生一つ」と頼む。仕草ばっかりは一丁前のサラリーマンだ。

「いやー、参ったよ。今日、時間があったから俺なりに資料を纏めてみたの。そしたらさ、先輩が『おぉ、いいじゃない。その資料本格的に作ってみてよ。今度の会議で発表させてあげるよ。』なんて言うんだぜ、新米の俺によ。」

立川は”俺は一歩リードしたぜ。”とでも言わんばかりに、仕事の話をする。しばらくしてキンキンに冷えたビールが運ばれてくる。

「乾杯!」俺が着てから2回目の乾杯。一体、今日何回の乾杯をしているのだろう、この安居酒屋で。

既に来ている、四谷、神田、中野は、やれやれまた始まったよってビールを飲み進めている。そんな中、立川からまたしても我々を出し抜いた発言をした。「俺、彼女ができたよ。」

みんな、ビールをブッと噴出しそうになった。な、なんだ?コイツは、よりによって、貧乏・彼女なしの連盟ではなかったのか?みんなのマドンナはこの居酒屋の河合さんじゃなかったのか?

「それがさ、先輩に連れられて六本木に行ったんだよ。勿論、初めてさ。最初に普通に居酒屋に行って、それからカラオケに連れられて、その後、先輩に『よぉ、六本木行かないか?あぁ、金なら心配するな。』ってさ。で、行ったんだよ。六本木。ここら辺とは全然違ったよ。外人も多いし、綺麗な人も多い。で、旧テレビ朝日通りってあるだろ?あぁ、わかんないか。俺もわからないけどサ。で、なんかピアノが置いてあるバーに行ったんだよ。もうドキドキしてさ。で、ウイスキーを飲んでさ。もう酔って。」

立川は、一息置いてビールをジョッキ半分飲んでニラ玉を一口ほうばって、話を続けた。

「で、先輩ったら酷いんだぜ。バーで知り合った女性とどっか消えたの。『ここの金は払っておくから、じゃあな。』って。俺、参ったよ。金ないしさ、どーやって帰ろうかって。財布の中には2000円。終電はとっくに過ぎている訳よ。で、迷ったあげくさ、始発まで漫画喫茶にいたの。で、そろそろ始発かなぁ~、って思って外に出たらちょっと空が明るくなってきてさ。駅に向かう人が沢山いるの。どーして、こんなにも人がいるんだろうねぇ~、どこにいるんだろう。」

立川は、ビールを飲んでは一気に話を進める。

「切符売り場でさ、なんか前の人が財布広げながらなんか困ってるの。女性でさ。酔ってもいたから、『どうしたんですか?』って聞いたら、恥ずかしそうに、『お金…無いんです。』って。聞いたら新橋に行く210円が無いみたいでさ。そのくらいなら、って出してあげたの。そしたら、『必ずお返ししますから!』って言って携帯番号聞かれてさ、なんか舞い上がって、諦め半分だったけど教えたの。そしたら、その日の内に電話がかかってきてさぁ~。会うことになったの。で、210円返してもらって。律儀だねぇ~、で、そこからなんとなく付き合うことになったって訳。」

立川は満足そうに話してビールを飲みほし、「おねーちゃん生もう一杯」なんて興奮している。

しばらく俺を含めた4人は”ぽかーん”である。で、ビールをみんな飲み干し、4杯の生を”おねーちゃん”に頼んだ後、ハムサラダを追加して、ビールを飲んで、しばし落ち着く。

「そうか、彼女が出来たか、お前は仕事も彼女もで順風満帆だな。」四谷が僻みっぽく言う。

「まぁ、仕事は忙しいけど、毎日電話しているよ。なんだったら合コンを開いてやってもいいぞ!」立川は一歩上の目線から言う。

中野は一歩乗り出して、「ほ、本当か!是非頼む!」と。中野よお前にプライドは無いのか。敗北宣言だぞそれは。

瞬く間に立川は僕らの中で一歩抜きん出た。それは事実。だが、僕らはまだ23歳。まだまだ可能性はある。

中野は続けた、「おい、写真、あるんだろ!?、少なくても写メくらいは…。」

立川は待ってましたとばっかりに「あるよ。」と一言。皮肉にしか聞こえないが、正直、どんな女性かの興味はあった。くやしいが興味があった。

立川は壁にかけたジャケットから携帯を取り出し、色々と操作した後、画面を僕らに見せた。それを順番に回して見た。

中野は「おいおい!すげーな。奇跡だ。」
四谷は「信じられないよ。いいなぁ~。」
神田は「う、負けた負けたよ。」

携帯は僕の手元に回ってきた。冷やかしてやろうと画面を覗き込む。

そこには、忘れられなくなった、夢の中で見た女性そのものが写っていた。

しばらく、立川の彼女が頭から離れなかった。正直、自分の夢に出てきた女性とあまりにも似ているからだ。夢の中で見た女性だったが、立川の彼女を見てから自分の頭の中にインプットされてしまった。それにしても六本木の朝、か。ありそうなシチュエーションではあるな。

今日も仕事はいつも通り。上司・先輩から貰う仕事のルーチンワーク。思えば、もう入社して1年。まだ雑用から抜け出していない。そんな自分の無力さと、立川の一歩抜きん出た立場に焦ると言われれば、焦っている訳で。でも、僕に何が出来るか?と思うと、………何も無い。なんで、この会社に入ったんだろう?OB訪問の時には、「商社の仕事は奥が深いぞぉ~、あと夜はみんなで飲みに行って楽しいし、悪い職場ではないと思うよ。」って聞いて、「明るい職場なんだなぁ~」なんて思ってみたものだ。騙された?いや、自分が動き出そうとしていない。もどかしい自分がいる。

そんな事を喫煙室で煙草を吸いながら考えていた。

それと同時に、あの時の夢で見た、明け方を思い出す。どこか懐かしく、どこか殺伐とした風景。目が慣れていなくて、まっくらで、そのなかでぼんやりと街の輪郭を映し出す風景。8ミリフィルムに閉じ込めたような風景。鮮明では無い。どこかで見た覚えがあるような風景。

「どこだっけなぁ~。」ぼんやりと呟く。

「おーい、これコピー18部、大至急!」あ、仕事だ。今は言われた事をこなすだけ、こなすだけなんだ。

今日も19時に仕事は終了。いつもの居酒屋へと向かう。河合さんを目の保養に、いつもの面子で。だが、立川は今日もまだ来ていない。

中野はあれから、立川主催の合コンの話ばかりしている。サインはどうするだの、二次会のカラオケで何を歌うだの。物凄く乗り気だ。
「立川、早く来ないかなぁ~。スケジュール決めたいよ。5対5だからな。それも一組は付き合っているので実質4対4だ。あの写真の子が連れてくる女の子だ。期待も膨らむぜ。」
四谷と神田は、少々冷静。いつものように、にら玉をもくもく食べながら最近見たTVの話をしている。僕は、まだ、あの夢の風景を思い出している。上の空だ。

「おい!聞いてるのかよ!」中野からの激が飛んだ。どうにもサインは決まった模様。あとはいつ合コンするかだけになった。しかし、立川はまだこない。最近、立川はどんどん集まりが遅くなってきている。それだけ仕事をしているのだろう。

四谷が呟いた。「立川はいいよなぁ~、職場に恵まれて。仕事も大分任されてるんだろう?入社してまだ1年だけどさ、なんか差をつけられた気分だよなぁ~。残業代も貰っているだろうし。カワイイ彼女はいるし。」

神田もうなずく。僕はと言えば…魚肉ソーセージをほうばりながら、ビールを飲んで、ふと思う。
”それは違うぞ。立川は人知れず頑張っているんだ。努力している。だから結果がついて来るんだ。ぬるま湯に浸かってもエスカレーターには乗れないぜ。”
自分で思っていながら、自分の思想を認めたくない自分がいる。配属された部署が悪い、先輩からの指示が悪い。そうやって、第三者に責任を押し付けて逃げようとしている自分がいる。

自己嫌悪って奴だ。

ビールを流し込みながら、しばらくみんなの会話に頷いていると、立川がやってきた。「わりぃ、今、契約書の資料作っててさ。最近、遅くて悪いなぁ~。契約書って大変なのな。細かく規約が決まっているから。見逃しは許されないし。あ、河合さん、ビール頂戴!」

本日3度目の乾杯をあげ、みんなでビールを飲む。そして、うれしそうに、「諸君、合コンの日時が決まったぞ。向こうも美人を揃えてくるみたいだ。来週金曜日、19時30、新橋SL広場集合!いいねぇ~!」

一番最初に喜んだのは中野だ。まるで、立川を崇めるべく「やったー!」と騒いでいる。四谷、神田もスマートな顔をしているつもりだろうが、顔がにやけている。多分、僕の顔もにやけているのだろう。

兎にも角にも合コンは決まったのだ。僕達はしばらくビールを飲み、中野考案のサインの話をして、その後、カラオケに移動して、十八番の曲を練習して、久々に終電まで飲んで、寮に戻り、それからも、中野の部屋でしばしビールを流し込んだ。

合コンは決まった。そして、それまでの間。僕は電車に揺られ、会社で決められた仕事をし、また電車に揺られて帰る生活が続いた。それは、合コンが始まるまでの消化試合でしかなかった訳だ。

朝からソワソワしている。目覚まし前に目が覚めるなんて珍しい事だ。目覚めもすっきり。顔を洗った後、珍しく時間をかけて髪形をセットし、青色のYシャツに紺色のネクタイ。3ピースの黒のスーツを着込む。”212”のコロンをはたく。女性用の”212”。あぁ、212ってのはニューヨークの市外局番らしいよ。と、思い出しながら、精一杯の勝負スタイルを装着して、会社へと向かう。

そう、今日は金曜日。合コンの日だ。移動の電車の中で、カラオケで歌う為の最新曲を繰り返し聴く。

仕事はいつも通り。この一言で片付いてしまうような仕事。今日だけは早く会社を出ねば。一日中ソワソワ。”合コン”これも、新人の仕事だと思いたいね。まぁ、いつまでも学生のノリではいられないけれど。

17:30ちょうどに仕事終了。それからSL広場に向かう。同期はもう来ているだろうか?一番乗りはいやだなぁ~。学生の頃、合コンで待ち合わせていて、一番最初に待ち合わせ場所について、まわりの女の子を見ていて、「あちゃー」と思う集団がいて、見事にそれが合コンの相手だったと言う悲しい経験がある。できれば、先に誰か着ていて、一緒に物色したいではないか。

「ちょうど定時で出たから、多分、俺が一番か…」と思えば、SLの前に既に入るではないか!そう、この日を一番待ち望んだ男、中野!

中野もバシっと決めていた。ドット柄のYシャツにオレンジのネクタイ。スリーピースと来た。同様に勝負服と見た!

「おいおい!こっちこっち!」中野が手招きする。
「まだ、誰もきてない?」
「おう、俺、定時ちょうどにダッシュしたからな。間違いなく俺が一番だ。他にはお前しか来ていない。」
「あとは…女性陣だな。さすがに金曜日だからココは混んでいる。その中で女の子の5人の集団が入ればいいのだが。できれば中野の彼女を見つけられたら間違いないのだが。」

思い出した。と言うか知っていた。中野の彼女と夢の中に出てきた女性。僕はまさに”夢にまで見た”女性と出会う事が出来るのだ。まぁ、…中野の彼女なんだけれど。

しばらくして、立川登場。
「おう、こっちこっち!」中野が手招きをする。神様のご到着って訳だ。
「女性陣、この中にいる?」中野が矢継ぎ早に聞く。
「それが、ちょっと遅れるらしい。10分くらい。で、全員一緒に来るって言ってたよ。」

女性が一緒に来るパターンってのもお決まりのパターンだ。別の場所で待ち合わせて一緒に来る。常套作戦。いつもの如し、か。

四谷と神田が来た。あぁ、言い忘れていたが、この二人は同じ部署だ。
「まいったよ、神田と一緒に出ようとしたら、先輩に『お前ら、合コンだな?しっかりゲットするんだぞ!』って言われちゃったよ。」
やっぱり判っちゃうんだよな。当たり前か。いつもよりオシャレに決めた二人が定時に帰るんだから。これに気付かない先輩がいるとしたら、相当仕事が忙しいか、女性経験が無いか、だ。

男性陣は全員集合か。懐かしいな、昔はココに噴水があったんだよなぁ~。よくSL広場で待ち合わせたもんだ。まぁ、随分様変わりしてしまったが、ニュー新橋ビルだけは健在だな。未だにあの建物の存在意義がわからないが。”ニュー”でもないし。

「あっ」
立川が携帯を取り出す。
「今、着いたとさ。」

改札から、キョロキョロしながら女性の集団がやってくる。
そこには、確かに、夢の中の人がいた。夢の人が現実となって出てきた。
僕の胸の鼓動は止まらなくなってきていたんだ。

「自己紹介ターイム!」中野が言う。居酒屋の個室で5対5人の合コンだ。全員にビールが回った、そして乾杯。その上での中野の発言だ。

「じゃー、まず、立川から時計回りに!」
立川はちょっと恥ずかしそうに言う。「僕の名前は立川です。うーん、言う事ないなぁ~、あの、一応、橋谷さんの彼氏って事で。仲良くさせていただいています。一応企画者なので、今日は楽しみましょう!」

夢の中の人は立川の右隣に座っていた。橋谷さんって言うのか。

「はい!じゃあ、次!僕、中野って言います!今日はこの日の為にスーツを買いましたッ!似合いますか?えー、好きなバンドはミスチルです。ミスチルの曲なら何でも歌えます!よろしくお願いします!」

おぉ、先にミスチルを出されたか。俺が今日朝の電車で聞いたのもミスチルの新譜だったっけ。こりゃ不利だ。

「四谷です。この5人は同期で、でも厳密に言うと、僕が一番年上になります。誕生日が4月3日なんです。知ってました?4月3日が学年の一番年寄りで、4月2日が一番若いんです。なんで4月3日じからなんだろう?それまでは知りませんが…あ、え、以上です。」

「神田と言います。九州の福岡県出身です。訛りはないけん。…っていきなり訛ってしまいましたね。とんこつラーメンと明太子なら任せて下さい。」

おぉ、神田、方言を上手く使った自己紹介。やるなぁ~。実は百戦錬磨か?

「え、っと僕は、出身は北海道です。上京してきて全然新参者なんですけれど、よろしくお願いいたします。」って何とか自己紹介は言えたか。

「しつもーん!」女の子の一人が言う
「北海道は何処ですか?」
「旭川って言う所です。冬は凄く寒くて、ダイヤモンドダストって聞いたことあります?空気中の成分が寒すぎて結晶化するんです。凄く綺麗なんですよ。って言っても分からないか。」

「質問タイムは全員が終ってからでーす。フライングー!一気!一気!」中野が今日の進行役だな。それにしても一気は体に悪いから言うのはやめれ。

自己紹介は女性陣に移った。ここからが勝負だ。…って言うか、もう敗戦ムード全開なんですけど。
女性陣の自己紹介があったが、正直、ハズレだ。実は四谷だって神田だって、多分…中野だって、ハズレって分かっていたんだろう。その上での進行役。今日のMVPは中野に決定だ。立川は申し訳なさそうにしている。正直、橋谷さん一人が一番綺麗だったのである。こんな事なら、いつもの店で河合さんをつまみに酒を飲んでいる方が楽しかっただろうよ。

「席替えターイム!」中野が進める。さすがだ中野。今度奢ってやる。

しばし、歓談である。ビールはピッチャーで運ばれてきて、それをお互いに注ぎながら会話は続く、会話は踊る。

席替えしても動かなかったのは立川と橋谷だ。これは揺るぎようがない。今日の接点は君なのだからな。そして、後で我々から責められる事になるだろう。可哀想だが、同情はしないぞ、立川。

女性陣がこれ…な以上、橋谷さんが輝いて見える。静かで、全てを立川に身を委ねる。正直、悔しい。カワイイからって理由だけではないな、多分、夢に出てきた女性そっくりだから、だ。

ビールを沢山飲んだら、トイレに行きたくなってきた。ちょっと酔っているし、この集団からちょっと離れるのも悪くない。ってー事でトイレに行く宣言をする。

すると、偶然にも橋谷さんが、「私もトイレ」と言った。これは偶然?必然?
同じ道を歩く。

すると、橋谷さんはこう言ったんだ「私、待ってたのに。あなたは来なかったんだよ。」立川にではない、僕に対してだ。

僕の頭はこんがらがって、パスタをフォークでくるくる巻くみたいな感じになった。

しばし、トイレから出てきても、うわの空だった。橋谷さんは何を思って、「待ってた」なんて言ったんだろう。僕の夢に出てきた時には「待ってた」はなかった。既に知っている仲で夜中を歩いた夢。ぼんやりだけど覚えている。

橋谷さんはと言えば、立川の隣に戻り、キャハキャハ言っている。さっきの一言はなんだったんだ?

僕は、四谷が追加で頼んでくれたビールを飲みながら、何かを思っているようだった。
「酔った?」神田が言う。
「いや、酔ってはいない、酔ってはいないよぉ~飲むよぉ~。ジャジャジャジぁー。」と僕は子供の頃に見たTV番組の口調(この口調が一時期マイブームだったなぁ~)でビールを飲んだ。

時間(2時間制だった)がきたので、一次会終了。さて、この面子で次、どう動く?立川、中野よ?カラオケに行くのか?それとも解散か?

「えー、一応、男4000円、女性2500円でお願いしまーす。余ったお金で次のカラオケに行きますー。来る人ー!」中野が先手を切った。勝負に出たな。

それに対して、我らには意外すぎる結果がまっていたのだ。

「えー、私達、明日仕事なんで、今日は帰りますー。」
な、な、なんと!断られた!どうにも今日の女性陣は明日も仕事らしい。

これは、男だらけの二次会は確定だ。立川は複雑な顔をしている。
「行って来なよ、橋谷さん、待ってるぜ。」僕達の精一杯の返送をした。

立川は申し訳なさそうな顔をして、そして小走りに橋谷さんの元へと向かっていった。橋谷さんは嬉しそうにしていた。


「どーなってんだよー。」
「まぁ、仕方ないよ。」
「それにしても、ありゃないぜ。」
「うん、今日は酷かった。ハズレだ。」
「これは、あれだ。立川は次回罰ゲームだ。」
「だな。」

負け組の面々が2次会の居酒屋で焼酎を飲みながら反省会をしていた。ビシーっと決まったスーツの面々の4人組は鄙びた居酒屋でJINROを飲んでいる。これが僕達にはお似合いだ。

結局、ボトルを入れたので、飲み終わったのはもう日が変わっていた。そして、その後、カラオケに行って、各自ストレスの発散をした。

気がつけば、時計の針は3時を回っていた。
「うーん、タクシーで帰るか?4等分して。」
「でも、あと2時間くらいしたら、始発出るよ。」
「そうだな、うん、じゃあ、カラオケに…」
「もう、カラオケはいいじゃん。漫画喫茶行こう。」
「そうだな。漫画喫茶で始発まで時間を潰そう。」

僕達は酔っ払いながら、漫画喫茶に入り、各人の席に着くなり、眠ってしまっていた。
…どのくらいたったろうか?凄く眠った気がするが、まだ2時間も経ってない。もう、始発も出ている所だ。他のメンバーはまだ眠っているかわからんので、先に帰ろう。

店を出ると、夜が終わり、朝が始まる寸前だった。人はまばらにも歩いておらず、カラスの鳴き声が聞こえる。
「あの夢の風景と一緒だ。」

あの夢と違うのは、横にあの人が居ないって事だ。

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そういえば、この風景、思い出した。大学時代だ。
大学時代には、テニスサークルに入っていた僕達は、テニスはほとんどせずに、いっつも朝まで飲んでいた。大人数で、朝まで飲んで、誰が誰かわからないくらい。始発まで飲んでいた。

その風景だ。これは。
僕はなんにも変わっていない。ただ、みんなに流されて、自分から努力をしようともせず、エスカレーターに乗っている。階段で一段飛ばししている立川とは違う。だから、僕は橋谷さんに出会えなかった。もし、僕が頑張っていれば、もう少し積極的であれば、僕は橋谷さんと出会っていたのかもしれない。こんな暁の青の風景の中で。

新橋の切符売り場で前の人がもたついている。どうも帰るお金が足りないらしい。僕は、そっと小銭を差し出し、向こうのお礼も聞かないふりをして、改札をくぐる。

僕にはまだ、そんなんじゃないんだ。もっと頑張って、もっと仕事をして、もっと、もっと努力して、そして、またこんな風景に出会ったらその時は、胸を張って言おう。

「お一人ですか、夢で会いませんでしたか?」と。

 

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