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キラーチューン

「川本さん、内線3番にお電話です。いつものアレですけれど、どうしますか?」
庶務の子が僕に向かって言う。
僕は参ったと言う顔で、「今週は出張中って言っておいて。」と答える。
僕は正直参っていた。
「えー、川本ですが、あいにく今週は出張になっておりまして、戻りは来週になります。」
庶務の子はいつものように手馴れた感じで応対する。
勿論、僕に今週出張なんて無い。って言うか最近は篭ってプログラムする仕事がメインなので、出張なんて当分ないのだが。

”いつものアレ”とは、僕にいつも電話してくる女の子だ。誰かは知らない。ただ、「和歌子」と言う名前だけは知っている。なんで、僕の電話番号を知ってるかって?それは、きっとキャバクラとかで名刺を配りすぎた結果だろう。自業自得だ。

以前、フィリピンパブに先輩に付き合わされて行った時は翌日に早速「カワモートさんイマスカ?」と言う電話がかかってきた。参った。その時は、庶務に言って「川本は一身上の都合により、退職いたしました。」という事にしてもらった。

それ以来、むやみに名刺を配ることは無い。だから、僕の電話番号を知っているのは、それ以前のキャバクラの女の子か、仕事上の付き合いのあるお客様、と言う事になる。

「和歌子」と名乗る人物は先月からよく電話がかかってくるようになった。まぁ、最初のうちは「すいません。今仕事中なのでこういう電話はちょっと。」と話し、向こうが話す前に切っていたが、毎日のようにかかってくるようになり、それ以来は、ずっと庶務の人に言って嘘の理由で逃げている。不思議なのは、その時は決まって「和歌子です。気づいてますか?」とだけ言って電話を切る事だ。それ以上の会話はなかった。僕が「和歌子」を知っているのはこの情報しかない。

僕は孫請けの小さなプログラム会社に勤めている。SEやITコンサルタントなんていう肩書きは勿論ない。二流の高校を出て、三流の大学に入り、遊びまくった結果、このような職場しか残っていなかったのだ。

だが、プログラムは前から好きだったし、苦ではなかった。僕はあまり仕事上のお客様との折衝とかは苦手なほうなので、そういうのはSEにやらせて、提出された仕様書を元にプログラムを組んでテストする。残業は多かったが、その分給料にはなった。
こんな僕なので、当然彼女はいない。でも、好きな人はいる。庶務の日下部さんだ。最近の僕みたいに家と会社の往復だと出会いが無い。狭い世界。それが理由かはわからないが僕は日下部さんの事が気になりだした訳だ。

だから、これ以上僕に恥を欠かせないように「和歌子」からはもう電話がかかってこない事を祈る。とりあえず、今週一週間は電話は無いだろう。平和な世界だ。

翌週の月曜日。僕がちょっと遅刻して10時に会社に行くと、ちょうど狙ったかのように庶務の電話が鳴る。そして、いつもの顔をする。あぁ、「和歌子」か。
もう、面倒なので、退職手段を使うように庶務に言う。
「申し訳ありません。川本は先週の後半に突然出張から戻ってきて、退職してしまいました。理由?さぁ、私には解りかねますが。」
さぁ、これで「和歌子」とは終わりだ。

だが、次の会話に驚かされた。
「え、川本が弊社に通勤するのを見た?そ、そうですか。」
庶務がばつの悪い顔をする。
しまった、ストーカーされていたか。それにしては家に電話や手紙は来なかったのだが…。
「少々確認してまいります。」
庶務が私にまかせて!と言った顔をしている。
「お待たせしました。川本ですが、本日は退職の関係で弊社人事部署に行って手続きをしているようです。私共の部署には来ないかと…えぇ、すいません。」
これで、今日はしのげた。だが、これから出勤はどうすればいいのだろうか?ずっと前から僕が出勤するのを見ていたのだろうか?背筋が凍る。
とりあえず、今、会社を出ても「和歌子」と遭遇するかもしれないので、普段通りプログラミングの仕事をしていた。ただ、少々取り乱していたが。
23時30。さすがにこの時間までは残っていないだろう。とは思いながらも少々用心しながら会社を出る。
いつもの帰り道。「和歌子」はどこまで知っているのだろうか?家に着いたが手紙とかは入っていなかった。とにかく無事に帰れた訳だ。
ただ、問題は明日からどうするか、だ。
僕が考えたシナリオは2つ。ひとつは「人事部で説得されて退職を撤回した。」ふたつめは「本当に会社を辞める」だ。が、どうして僕が「和歌子」の為に会社を辞めなければいけないんだ!?まったく納得できない。この職場は気に入っている。日下部さんもいるし。
どう考えても、シナリオは「会社復帰」しか残されていなかった。そうするとまた、見えない「和歌子」が僕を苦しめるのであろう。

それにしても、「和歌子」は僕に何をして欲しいのだろう?そういえば深く考えた事は無かった。最初から会話になった事もないんだけれど、ちょっと話してみればきっと決着がつくだろう。「好きです」って言われるのか「あなたの子供を身篭ったから慰謝料払え」と言うのか(まぁ、そういう行為をした人の中に和歌子はいなかったけれど…)とにかく解らない。
思い切って、明日直接「和歌子」と電話で話そうか。

翌日、昨日も終電だったので、今日も10時出勤であった。プログラマーは朝が弱い人が多い。夜はその分強いのだが。よく、他の業種の人に「早く来て仕事をすれば、その分早く帰れるんじゃないの?」と言われるが答えはノーだ。仕事は鬼のように順番待ちで待っている。”終電”が僕が帰るための一番の口実なのだ。

出勤してすぐに庶務の電話が鳴る。今日こそ俺が出るから回してくれ。と言っておく。さぁ、「和歌子」め、何を話してやろうか。庶務が「えぇ、川本は人事部に説得されて本日より、私共の部署におります。今、内線回しますので。」
僕の電話が鳴る。決戦の時。
ガチャり。「ツーツー」
電話は切れていた。僕と話す気は無いのか?まったく意味不明である。その事を庶務に話すと、「それは不思議ねぇ、普通話したいから電話するんでしょ?存在確認だけで電話するなんて意味わかんない。」至極正論である。その日はそれだけでつつがなく日々はすんでいった。

日曜日。前にも言ったけれど、僕は毎日のように残業しているので、残業代がたんまりつく。特にこれといった趣味は無いけれど、休日は結構贅沢な生活をしていると思う。「贅沢は敵だ」なんて言うかもしれないけれど、それに見合った仕事をしているのだ。文句は言わせない。
休日出勤も多いからこそ、何もない休日がとても大事だ。
今日も、行きつけの美容院でボサボサの頭をカットして、代官山でブランド物のジャケットを買い、適当にやっている映画を見た後、ステーキを食べて、飲んだ。あとはゲームを何本か買った。どうせやる暇なんてないんだろうが、とにかく新しいゲーム機が出たり人気のゲームが出たら買ってしまうんだ。でも、買って満足してしまうタイプの僕。今日も散在した。こういうのってストレス発散になっているのだろうか?

そして、また気だるい月曜日が来る。だが、今日は偶然にも、オフィスには僕と庶務の二人だけだった。何かあったのだろうか?集団食中毒?なんて思っても見ないことを思う。
正直、僕は庶務…いや、日下部さんの事を知らない。年齢も解らないし(落ち着いていると言えば落ち着いているけれど、なんか子供っぽい話し方をする事もある)、勿論、彼氏がいるのかどうかはわからない。薬指に指輪をしているのでなんとなくわかるが。
日下部さんがこの会社に配属されたのは去年か。ずいぶんと僕のハートを突き刺したなぁ~。と、まぁ、一目惚れな訳だ。まぁ、いつもは会社に沢山の人や他の庶務もいるのでまともな会話をした事もない。

でも、今日は二人きり。日下部さんが、僕を見て「あ、ジャケットいいですねー。」と言ってきた。昨日、代官山で買ったおニューのジャケット。チャンスだ。
その後、遅れて部長が来るまで少し話すことが出来た。「彼氏?ふふふ秘密ですぅ~」この仕草が可愛くて僕は惚れているんだなぁ~と思う。
部長は、「おい、川本お前、ここで何やってるんだ、早く茅場町のプロジェクトへ行け!大トラブル発生で全員行っているぞ!」との事。あぁ、昨日、映画を見るときに携帯の電源を切ったままだったんだ。慌てて電源を入れると「留守番電話23件デス。」の声。冷や汗が出る。
僕はどんなトラブルが起きたかわからないけれど、とにかく茅場町のプロジェクトに行かなくては…。

さすがの「和歌子」も茅場町までは追ってこなかった。いや、もしかしたら尾行されていたかもしれないが、僕の入ったビルの何階で電話番号まではさすがに解るまい。
と、言うよりも「和歌子」の事なんて頭にまったく入ってこないほど忙しかった。とにかく総動員でプログラムの修正をしている。大きなトラブルはこのままだと新聞に載ってしまうかもしれないようなトラブル。僕は無責任にも「俺はこんな大きなプロジェクトをやっているんだぜ。」と心の中で自慢する。とにかくデータの復旧が大変で、問題のプログラムの特定が出来ていない。その中で下手にプログラムを走らせては二次災害の可能性がある。プロジェクトリーダーたちが、壁にプログラム関連図を貼り付けて会議をしている。
緊張が走る。僕のプログラムが原因ではありませんように…。

結果、データの復旧は完了し、同じような問題が起きないようなプログラム修正も完了した。万事解決。結局二交代制で24時間フルでプロジェクトルームが動いていた訳だ。
「よし、今日はもうみんな帰っていいぞ。」部長が言う。部長も災難だったろうに。今回のトラブルの責任および、僕たちの作業代(おそらくお客からこの分のお金はもらえないだろう。)の確保に尽力しなくてはならない。
「あぁ、空は青い。俺はヒラで良かった。」と、そんな事を呟きながら、地下鉄に乗り込む。

そして、また僕はオフィスに篭る事になった。日下部さんに聞くと「和歌子」からの電話は無かったらしい。恐ろしい位に僕を見ているのだろうか?その時、日下部さんが、ある一言を言った。
「川本さんってもしかしてブログ書いたりしてますぅー?」
一瞬焦る。僕は、会社の不満や買い物などをブログに更新しているのだった。無料で作れるブログで携帯からも更新できる。もう2年になるか。毎日ではないが何かあったら更新している。しかしなんで、日下部さんが…。
「あのー、みんな居なかった時にー。暇だったからー、ネットで色々と検索していたんですぅ~。そしたら、気になったブログに『茅場町のバカヤロー』って事が書いてあって、うちの会社の人かなぁ~って、ちょっと悪いと思ったんですけれど、前の日、前の日…って巡っていったら『W子から電話。何者だ。』とか色々出てきたんで、もしかしたら川本さんかなぁ~って思って。」
ビンゴである。
「あ、あぁ、知ってたんだ。知ってたんだったら言ってくれればいいのに。」
「だから、今言ったんですよ。あぁ、『K部さんと飲みに行きたい。』って書いてましたねぇ~ウフッ。」
顔から火が出る思いだった。出来ることなら今すぐにこのブログをこの世から消して、ついでに日下部さんがこのブログを見たって記憶も消して欲しい。」
「ば、ばれてたかー。恥ずかしー。もう、ブログ止めるよー。」
「別に止めなくてもいいですよ。私ももう見ませんし。」
本当かどうかは解らなかったが、恥ずかしい記事を見られてしまった事には変わりない。これではむっつり君ではないか。

…僕がブログを始めた理由。それは片思いだった。2年前、僕はお客先の女の子に恋をしていた。勿論、一方的な片思いだ。ライバルは多かったと思う。いつも、誰かがその女の子の廻りに居た。
僕は胸が苦しくなって、その子への思いを言いたいけれど言い出せなくって、ブログに書き始めたんだった。それがずるずると今まで続いている。そして、心の底ではまだ、その子に恋をしている。今、どこで何をやっているんだろうか?

「ごめんなさい。やっぱり読んじゃった。辛い恋をしたんですね。」日下部さんが言う。
「で、和歌子ってやっぱり面倒ですか?」
「いや、話した事が無いから解らないよ。電話に出ても直ぐ切るし。」
「新しい恋ってしないんですか?」
「いや、したいんだ。したいんだけれど。その一歩が踏み出せない。どうしても比べてしまうんだ。」
「私でも、駄目ですか?」
「えっ!?」
日下部さんが僕を誘う!?何かの罰ゲーム?それとも、遠くからそれを見て誰か笑ってるの?どこまで本当?嬉しい!でも、…マジで?
頭の中がパニックになる。
「どうですか?」
「僕なんかでいいんですか?」
「あなただからいいんです。」
「あなたのその純粋な物の考え方が好きなんです。ブログを読んでそう思ったんです。」

「川本さん。私のフルネーム言えます?」
「え?わ、解らないです。いつも苗字でしか呼んでないから。」
うふふっ、と日下部さんは微笑みながら、
「和歌子。」と呟いた。そして、数秒後にもう一度、
「日下部 和歌子。私のフルネームです。」

Ringo

頭の中が真っ白になる。
色々と考えるのに時間がかかった。

整理するとこうだ。架空の和歌子が僕が出社した時に電話をかける。出るのは日下部さん。でもその相手は架空の和歌子。きっと近くの内線から日下部さん自身が電話したのであろう。僕は架空の和歌子を断り続けていた訳だ。

だから、僕が出社する時も時間も、茅場町に行っていたのも、日下部さんなら全部把握出来ている訳だ。

「嫌いになりました!?」
「ど、ど、どうして、そんな事を!?」

「私、あのブログのあの子になりきれるか考えていたんです。新しい女の子から電話がかかってきたらどう対応するかとか、あと何回目の電話で、私が和歌子って気づいてくれるか。…結局気づいてくれませんでしたけど。私から言っちゃった。」

日下部さんはもともと、僕に出会う前から僕のブログを知っていたらしい。そして、会社とかが特定できるような情報をつかんで、うちの会社に派遣として入ってきたんだ。

「ずっと、言い出したかった。」
「わざと会えたんだよ。」

僕は頭が混乱しながら、とにかくパニックになっていた。

数ヶ月が過ぎ、日下部さんは職場を去った。僕もブログを閉鎖した。何も変わらない日常に戻ったって?

いや、今は、家に帰ればいるから、さ。
「川本 和歌子」が。
ちゃんと話ができる「和歌子」がすぐ、そばに。現実となって、凛々と。

おわり

参考「キラーチューン / 東京事変」

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