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僕と浜くん

浜くんのお父さんの友人である松さんと言う人に連れられて東京に行くことになった。理由は僕がヒーローショーのチケットに当たったからだ。
僕の家にはお母さんしかいないし、昼間は働いている。友人の浜くんに相談してみたら、「松さんなら相手してくれるかもしれない」と言われ、僕は今、松さんと言う人とガタンゴトンと東海道線と言うオレンジと銀色の電車に乗っている。

浜くんは友達、友達のお父さんの知人。
つまり、松さんは僕にとって赤の他人だ。

赤の他人と電車に乗るのは不思議な感覚だ。そもそも僕はそんなに電車に乗った事がない。お母さんとたまに乗るくらいだ。ガタンゴトン。電車はゆっくり進む。

浜くんは喧嘩が強い。ただ強いだけでは無く、僕みたいな弱虫に対しては優しく守ってくれる。だから学校の中で浜くんが嫌いな人は多いけれど、僕は浜くんと友達だ。

僕は国府津と言う町に住んでいる。おじいちゃんは会社の社長だったと聞くがお父さんは、僕がまだ物心が付かないウチの家を出て行ったらしい。お母さんにお父さんの事を聞くと「ききたいかい?でもね、もうちょっと大きくなってからの方が良いよ」と言っていつも教えてくれない。その時のお母さんの顔は悲しくも無く、嬉しくも無く、僕の目をじっとみている感じだった。
あんまりしつこく聞くのも僕はお母さんに悪いと思い、中学生になるまでその事を聞く事をやめることにした。

浜くんの家は兄弟が沢山いて遊びに行くと楽しい。浜くんは兄弟の面倒を見ながら僕とも遊んでくれる。お父さんはいたり、いなかったり。浜くんのお母さんに聞くと船の運転手をしているみたいで1年に1回帰ってくるかどうか?位らしい。ただ、船の運転手さんは偉いのかどうかわからないけれど、部屋は広くおもちゃも多く遊び場には困らなかった。

松さんは見た目が怖い。真っ黒な髪を後ろになびかせ、おでこにちょこんと残っている。痩せてて目も怖い。正直、あんまり目を合わせたく無い。でも、ヒーローショーは見たい。だから、松さんと一緒に行く。

松さんと浜くんのお父さんは昔から仲が良かったらしい。だから、きっと浜くんのお父さんも松さんを紹介してくれたんだろうと思う。
電車の中で「のど渇いていないか?」と聞いてくれたので、僕は正直に「渇いた」と言うとカバンの中からジュースを出してくれた。
「ちょっと緩(ぬる)くなってると思うけれど……こぼすなよ」
松さんはどこかそっけない。僕が怖そうにしているからなのかもしれない。

東京駅へ着いた。
そこから松さんは「俺の手をしっかりと握っておけよ」と言ってぎゅっと握りしめてくれた。僕のようなツルツルの手では無くて、なんかガサガサしていてちょっと痛かった。

松さんに連れられて歩く。
国府津では見られなかったような物凄い数の人が歩いている。僕はひとりぼっちになるのが怖いと思い、松さんの手をぎしっと握って離さなかった。

花やしきと言う場所に着いた。ヒーローショーがある場所だ。
「変わってないな」松さんがポツリと言った。

ここはそんなに人が多く無い。松さんも手を離して「適当に見ておいで」と言ってくれた。
見ると言っても僕はヒーローショーを見に来たので、別に見るものはない。
そう告げると、「そうか。マセた子だ。じゃあ、舞台の方に向かうか」と言って早めにヒーローショーが行われる場所へと連れてってくれた。

その場所では僕がテレビでは見たことがない人が漫才をやっていた。
「ケッ、つまらんのう」松さんは鋭い目でその漫才をやっている人を見ながら言ってた。ちょっと怖かったけれど、どこか「もっとやれ!」と言う感じもした。僕にとってもこの感覚は不思議な感覚だった。

しばらくしてヒーローショーが始まった。
最初に怖い人たちが出てきて僕たちがいる場所に子供をさらいに来る。僕は一瞬、その悪者と目が合ってしまったからなのか、ステージに上げさせられそうになった。
「ヒーッ!」
「ヒーッ!」
と言いながら戦闘員が僕の元にくる。ヒーローはまだ来ないのか?僕は正直泣いてしまった。

すると松さんが「ワレェ、舞台に上げていいガキがどんな奴かも目利きできのかいやぁ!」と中くらいの声で叫んだ。
「ヒーッ!……」
戦闘員は僕の元から去り、別の子供をさらいに行った。

5人ほどの子供がステージに上げられてからヒーローは現れた。
「ウルトラキック!」
「ムーンサルト回転チョップ!」
などと必殺技を繰り広げて悪者は退散し、ヒーローショーは終了した。

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「思ってたのと違う……」
僕は思った。僕が戦闘員に襲われそうになった時に助けに来てくれるのがヒーローなんじゃないの?と。

松さんは「怖かったか。なんかあったかいもの食べようか」と言って花やしきを出て、中華そばをご馳走してくれた。とってもあったかくて、とっても美味しくて、松さんが僕にとってのヒーローなのかもしれない。と思い始めた。

松さんは「あんまり急いで食べると口の中火傷するぞ」と言いながら僕を見て、ビールを飲んでいた。
松さんは「あう言うヒーローショーってのはな、子供が出揃って初めて登場するって決まっとるんだよ。多分、君が襲われている頃は裏で新聞読んだり、タバコ吸ったりしとるよ」と言った。

そんなもんなんだ。と僕は思った。
浜くんは僕がピンチになったらすぐに助けてくれる。松さんも僕が泣き出したらすぐに助けてくれた。

僕には本当のヒーローが沢山いる。

そして帰る事になった。
松さんはビールのせいもあってか「浜が船乗りになった理由」とか「俺と浜がなんで知り合ったのか」を話してくれたけれど、子供の僕にはあんまりわからなかった。
僕のお父さんがいない理由をお母さんが説明してくれないのもきっと同じ理由なんだろう。

電車は無事、国府津の駅につき、松さんはタクシーで僕の家まで届けてくれた。お母さんは「お久しぶりです。松本さん。この度は本当にありがとうございました」と言って深々を挨拶をしてくれた。
松さんは「俺はこれから浜田のところに行くから。また今度」と言い残しタクシーで浜くんの元へ言ったみたいだ。

家に帰ってから今日の事をお母さんに話すと「そりゃー良かったね。松本さん、本当のヒーローだったんだよ」と言ってくれた。
僕はなんか嬉しくなって、早めに寝てしまった。

僕は弱い。
でも、僕を守ってくれる人もいる。
スーパーヒーローじゃないかもしれないけれどヒーローもいる。

僕が中学生になったら、そしてもっともっと大きくなってお酒を飲めるようになったら、また松さんと会いたい。そう思って僕は寝た。

ありがとうヒーロー。

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