デジタル化によってあらゆるものが便利になっているという風潮が世界を席巻しております。さらにAI補正もかかって「こう言うものを作りたかったんだよ!」なるものが特殊な専門技術を必要としなくても作成でき、SNSや動画サイトに公開出来る世代です。
便利が当たり前になると古い人は「昔はもっと不便だったんだよ」と言う話になりがちです。典型的な老害による昔自慢ですね。油断すると僕もそうなりがちです。
でも、もちろんテクノロジーの進化の恩恵もあると思いますが、あえて今、「こんな時代だからこそ不便を感じてみませんか?」と言う気持ちを持ってみたらどうかな?なんて思ったりしてるんです。
簡単な例で言うとカメラです。
スマホのカメラとか一眼レフなどの高級デジタルカメラなどは今は容量が許す限り撮影する事が可能です。外部ストレージを付ければ(お金に糸目をつけなければ)ほぼ無限に写真を撮りまくる事が出来ます。レンズとかがしっかりとしていればとにかく沢山撮って後で大量の素材からベストショットをチョイスすると言うのが今の風潮なのかもしれません。
勿論、それが時代の流れでしょうし否定はしません。枚数をたくさん撮ればそれだけ選択肢も増えます。(もちろんそのための選択の時間は増えます)
僕は世の中が便利になっている……いやなりすぎているからこそ『不便を楽しむ』と言うのが次のトレンドになると思っています。
本当に贅沢な行為。『お金を払って昭和、平成の不便を楽しむ』……みたいな。
個人的には隙間時間があればすぐにスマホを見てしまう人たちに向けての提案だと思っています。
今現在、沢山の人々がスマホに依存して色々な情報の波を浴びていると思ってます。
さて、この“不便“ですが、最初の例で言うカメラがちょうど良いのでは?と。撮影数の上限枚数が決められてるなんて今では信じられないと思いますが、昔は『写ルンです』という使い捨てフィルムカメラが流行りました。カメラを持っていなくてもコンビニで気軽に買う事が出来るので旅行とかに1個持っていく……みたいな。
まだ携帯、スマホにカメラが付いていなかった時代の話です。
フィルムカメラは仕組み上アナログ撮影のためやり直しが効きません。また撮影できる枚数に制限があります。先ほど書いた『写ルンです』は基本的には27枚が上限となります。
例えば旅行に行ってそういう自分にそういう制約をかけた時、「この写真は撮るべきか?」なんていう選択肢が逆に増えます。結果、渾身の1枚がピンボケとかになってしまっていて「あちゃー」なんて経験もあるのですが……。
1泊2日の温泉旅行、撮影可能なフィルムの枚数は27枚。旅行前の車や電車で移動する所から撮影するか?いや、料理の写真はどこまで撮るか?宿泊先がホテルであれば朝食バイキング(ビュッフェ)のみんなの選択結果も“押さえておいた方がよいかなー“なんて。ある意味計画的に写真を撮らないとすぐに27枚って撮り終わってしまうんです。
旅行仲間に意中の人なんかいたらその人に枚数を割きたいですよね。でも枚数制限のなかでその人ばっかり撮っていれば昔は純愛、今はストーカーです。
そこにバイアスがかかってくるかもしれないので枚数限定写真イベントは同性だけの方が楽しいのかもしれません。
……でもそんなのを気にしなくてみんなで1人1台『写ルンです』を持って旅行をして、その結果の発表会した時に意中の人が自分のソロショットを撮ってくれてたりしたら?それは恋の始まりなのかも知れませんね。(良くも悪くも)おめでとうございます。
ずっとそういう生活をせよ!と言うものでは無いですし、一回位そういう昔の人の当たり前、今でいう不便を経験してみるのも良いかも知れませんよ。