小学生の友達にアベくんという人がいた。
なぜか僕はアベルチュン・クンプーと呼んでいたが、命名の由来はまったく覚えていない。なお、長いので以降”アベル”と呼ばせていただく。
アベルとは家族ぐるみの付き合いで、ある日、母と一緒にアベルの家に行った時、なんかお茶の間にいるのが僕もアベルも嫌になり「勉強をする」と行って子供部屋に避難したことがある。ピリピリしたムードでは無かったと思うのだがなんか居心地が悪くなったのだろう。子供ながらにそういう雰囲気には敏感だ。
例えば親に連れられて親戚の家に行った際などそのような雰囲気になる事があるが、アベルは仲良しだったのでそういう事ではないはずだ。
小学生だから普通はそこ(親の目が届かない子供部屋)では思いっきりだらだらしたり遊んだりするのだが、僕達は実際に勉強をしたのだ。凄い、小学生の俺(とアベル)!

その時は英語の教科書を読もうと挑戦。意味なんてわからなくてもよい。とりあえず読んでみる。ローマ字しか読めなかった我々ながらなんとか勉強してみようとする。
数ページ読んでみる(意味はあまりわからないがなんとなく知っている単語が出てくる)。いい感じだ。
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“Christmas”
初見殺しの単語が出てきた。
この単語、我々が唯一持っているローマ字ルールが全然通用しない。”Chi”なら”チ”で行けそうだが、”Chri”。”チリ?”、いやそれなら”Chiri”だ。
あーでもない、こーでもない。アベルと色々と候補を考える。
実際には時間にして5分位だったのだろうが、当時は本当に頭から煙が出るくらい長考していたように感じる。
“Chir”はあきらめ、真ん中を読んでみる。”ristmas”。”リストマス?”、これもローマ字ルールがあまり通用しない。
今までの予想を合わせてみると”チリストマス”。うーむ、まったくわからない。発音的に聞いた事がない単語だ。
「あ、クリスマスだ!」
僕がわかったのか、アベルがわかったのかは記憶が曖昧だが、とにかく「この単語は”クリスマス”と読むんだ!」と言う事の喜びが大きかった。
アベルとは中学までは一緒だったような気がするが高校は違う学校になり疎遠になってしまった。さらに僕は高校卒業後に上京していしまったのでアベルが今何をやっているかはまったくわからない。
しかし、この時の経験があったからこそ、今、英語堪能な僕がいるのである……と言いたいところだが、英語は苦手なままである。特にボキャブラリーが致命的に無い。この『クリスマス』の件からもっと英単語を覚える動機が出来ていれば良かったのだが人生はなかなかに上手くいかないものである。
また、よく考えてみたら僕が生まれた時代はまだ小学校では英語の勉強が必須ではなかったように思う。記憶が勝手に「教科書」と記憶していたが、実際には何を読んでいたのだろう?すこし怖くなってきた。
ちなみに、アベルはまだ一家に一台ゲーム機がない時代に僕の家でドラクエ(1)を一緒にやっていた仲で、二人でそれぞれ「ふっかつのじゅもん」をノートに書いていた。ゲーム機自体にセーブ機能がなく、セーブデータを文字にする文化だった頃、二人で同じ状態の主人公の「ふっかつのじゅもん」をそれぞれ自分のノートに書く。
今思えば「データの二重化」という信頼性としては大事な行為だったと思うが、アベルは他の友達の家で僕たちが育てた「ふっかつのじゅもん」を使ってドラクエを遊び、僕よりも先に「クリアしたぞ!」とウキウキと話してきた。
別に嫌なヤツではないし本人に悪気はなかったと思うが、久々に悔しさでドラクエを一気にクリアに持って行かせるモチベーションを貰ったと言う所でこの話を〆とする。

