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至福の価値は?

至福ってのを考える事があります。最近、毎日楽しいですけれど、「至福」ってのはちょっと違うのかなぁって思いまして。

じゃあ、「至福の価値」って何!?って事を考えてみた訳です。
人生+-論(プラマイ0になる論)ではないですが、ここ数日間は例えば「ダメだった」→「パチンコで(その分を金額として)取り返す」って事で成立していたような気がしますが、これってなんか得したような気持ちになりますが、至福をお金に換算しているのか?って思うんですよ。
そもそも、至福ってお金に換算できるのだろうか?って話です。

たとえば、「大好きなあの娘とデートできる」予定だったのだが、キャンセルになりヤケでパチンコしたら50000円勝ったとかですね。
んじゃ、あの娘=50000円かと。
否、違う訳です。
何故なら50000円払ってもあの娘とデートはできないですよ、と。(当たり前ですが。)

至福ってのはお金に換算できるようなものではないものだと思うんですよ。
逆に言うと、至福ってのはお金を払っても手に入れられないようなもの?…なんでしょうね。

でも、それは、その人の”至福”の価値観によるものだと思うんです。
牛丼に卵をつけて”至福”の人。
ケーキバイキングに行って”至福”の人。
ソープランドに行って”至福”の人。
それってお金で”至福”を買っている訳ですよね。

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辞書で調べると、”至福”ってのは”この上ない幸福。 ”って意味らしいです。

だから(僕も含め)、”至福”って事はそうそう容易く使うなって事なんでしょうね。なんだか「至福、至福」言っていると、自分の価値をどんどん落とすって事でしょう。

でも、なかなか至福っていうのは手に入れられないけど、僕が考えるに、唯一、芸術では至福を手に入れる事はできると思うんです。
舞台だったり、小説だったり、音楽だったり。

時間を共有し、自分の価値を高め、本当の幸せを手に入れる。自分が幸せだと人に優しくと思えるようになる。
そうやって、みんながみんなに優しくなれれば、「もっと至福を共有できるのではないのか?」と思っていく訳です。

そうやって、幸せを共有する事こそ、本当の至福の価値なのではないか?と思ってるんです。

そうやって、その優しさがつながって行けばいい。ペイ・フォワードの精神ですよね。

ピース。って事で〆させてもらいます。

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