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Hagexさんの件について

本日、朝起きてツイッターを確認していたら、ネットウォッチ界で有名なHagexさんが自身のセミナー後に、トイレにてアンチにて刺殺されると言う悲しい事件がありました。

犯人は自首しておりますが、無職であり、もし失うもののない「無敵の人」の場合、刑法39条の「精神薄弱の為、罪に問わない」になってしまう可能性もあります。

今回、色々な人がこの件について書いておりますが、僕なりにも考えてみました。

まず、人はネットやSNSの登場によって比較的承認欲求を満たせるようになっていると言う事実があげられるでしょう。

例えば、インターネットが一般的になる前は、テレビに出演している人や本を出版している人位しか、自信の承認欲求を満たすことが出来なかったと思います。
なので、会社に固執し、会社の中で出世する事で自己顕示欲を満たし、他人に認められることで承認欲求を満たしていたのではないでしょうか?

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ただ、ネットがあたりまえになり、スマホが一人一台の時代、5(2)ちゃんねるや、ツイッター、インスタグラム、Facebook、ブログ、Youtube…など、色々な人が職業・年齢に関係なく承認欲求を満たすことが出来る時代になりました。
ツイッターやインスタグラムはフォロワー数、ブログやYoutubeはアクセス数で数値化された自分の価値を見る事ができるようになったのです。
(5(2)ちゃんねるは特性上、ちょっと違います。またFacebookは匿名性が薄い為これもちょっと違うと思います)

ただ、それらのツールは、反論しやすい仕組みになっています。
ツイッターのリプライ、インスタグラムやブログ、Youtubeはコメント(Youtubeの場合は、高評価、低評価がありますね)

ただ、その承認欲求が大多数の他人によって否定されると慣れてない人はキツいし、唯一の行き場を失ってしまうかもしれないと言う危険性を孕んでいるのも事実です。

僕は最近YouTubeによくコメントするのですが(勿論、良いものを「良いですね!」って言う好意的なコメントです。批判的に感じた時はそもそもコメントしません)

そうすると、まぁ、匿名でデフォルトアイコンの人からバカにされます。「お前は何もわかってない」的な事を知らない人から言われる訳です。まぁ、僕はYoutubeを主戦場にしていないので、気にはならないし変に反論すると相手の思うつぼですから。

世の中には人を批判する、上から目線で見下ろす事で欲求を満たしている人もいるのが事実だと思います。
自分からは何も生み出さず、他人が生み出したものに対して批判的な事を言う。会社にもそう言う管理職の人、いませんか?

批判する人は無職かも知れないし、会社で確固たる地位があるのかも知れないです。匿名の時代、それはわかりません。

リスクとか自己責任と言う言葉はあんまり使いたく無いですが、時代が変わりつつあるのでしょう。

例えば炎上も「面白半分」で参加している人も多いと思います。本心から思ってないかもしれないし、話の前後関係も調べずに、ただの一部分を切り取って批判するのです。

でも、本当に不快に思っている人って案外一部だと思うんです。

なぜかと言うと翌日、翌週、翌月になるとその批判は別の人に向かっているからです。
例えば、最近だと、アルコアンドピースのラジオの企画で「アベンジャーズからファルコンを脱退させよう!スペシャル」がこんがりと炎上しました。
時を同じくして、西野さんが「プペルの美術館作りたいから3億円借金したわ。お前らカンパしろや!」と言ういささか詐欺まがい(実際にはまだ借金していなかった)の事案も見事に炎上。

ただ、今はどうでしょう?
西野さんに興味がない人は「いま?どうなってるんだろうね?」だし、アルコアンドピースを叩いていた人はそもそもラジオ聴いてません。翌日には見事に何事も無かったかのようになりました。

人は「誰かを叩いて、自分より不幸な人がいる事で安心している」のかもしれません。

ただ、気を付けないといけないのは、承認欲求を否定され、自分のすべてを批判されたような気持になった粘着アンチです。

アルピーや西野さんの件は、ライトなアンチですが、ストーカーのようなアンチが一定数いるのも事実だし、それらの人を排除する仕組みは今の所ありません。

今回のHagexさんの件も「煽る方も煽る方だろ」と言う意見もあると思いますし、実際に5(2)ちゃんねるには、「ザマァ」なんて書き込みも見受けられました。勿論匿名だから書けるんでしょう。悲しくなりました。

これ、セクハラやパワハラにも似てるんですけれど、被害者じゃないとその苦しみが分からないんですよね。この場合は、承認欲求を否定された人でしょう。
「そういうつもりではなかった」と言うのは加害者の理論、強者の理論です。

上手く、人生のストレスを発散できず、変に、ネットで攻撃的な書き込みをしている人が行き場を失った時、人は「無敵の人」になるのかもしれません。

念のため、フォローしておきますが、Hagexさんは煽り屋ではなくて、ネットの話題を纏めて事実を伝えている人でした。ただ、個人を特定して、そういうのを書き込んだ例が多かったです。(今回の犯人はそういう叩かれ方をしていません。いわば逆恨みです)

あと、そこまで危険を承知でブログを書いている人がセミナーなどを開くのは危険だったと言う事です。
今回、犯人はセミナーには参加していませんでしたが、場所や時間の特定ができたので犯行に及んだんだと思います。

実名顔出しのセミナーは今現在も毎日どこかで行われています。ただ、ネット系のセミナーは「人生を変える!」とか「ブログで食っていこう!」みたいないささか怪しいのもありますので、もしかしたら、そういう人は危険性を感じておくべきかもしれません。

「愛情の反対は無関心」とはマザー・テレサの言葉ですが、日本には「可愛さ余って憎さ百倍」と言う言葉もあります。信じていた人に裏切られた時に、その信じていた何倍もの憎悪と化してしまうと言うものです。

僕はあまり、炎上系のブログを書いてないし、マネタイズに必死な訳ではないですが、5(2)ちゃんねるを読んだり、書き込みをしたりします。

俯瞰に立って、自分は他人を不快にしていないか?そのような仕草を見せていないか?
見直す必要があるのかもしれませんね。

後、僕がおっさんだから言えるのかもしれないですけれど、最近の若い人は「喧嘩」を知らないんです。殴り合う事を知らない。だから、どこまでやったら相手が死んでしまうかもわか無い。
あとは、どうしようもない時に出てくる刃物。

昔は喧嘩の流儀ってのがありました(それ以上やったら死ぬ!とか)。あと、プロレスを理解していない人も多いです。
「喧嘩、絶対ダメ」って風潮が、いざとなったら加減がわからないに繋がっているのも、どちらが正しいのかわからなくなってしまいます。

暴力がない時代が一番良いんですけれどね。
今回は、ただただ悲しい思いで一杯です。安らかに。

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