お気軽にお問い合わせください!

ナゴムレコードの思い出

はじめに

お茶の水でインディーズCDを買いあさってた頃がありました。
1993年〜1998年頃までの話だと思います。

今でもお茶の水は楽器の街ですけれど、昔はそれにプラスしてインディーズCDが置いてある街でもあったんです。本当にCDショップが沢山ありました。御茶ノ水はミュージシャンの為の街だったんですよ。(あと明治大学。当時はすげーボロかったです)

スマホどころか携帯(ガラケー)すら持ってるか持ってないかの時代。日本にはインターネットは一般社会のインフラになる前でした。

インディーズCDとは?

ここで言うインディーズってのは通常のCDショップには売ってなくて自分たちでレーベル作ってCD焼いてディスクユニオンとか特別なCDショップに卸して販売してる事です。

インディペンデント(独立レーベル)の複数形を略して”インディーズ”っていう言い方をします。

当時は、色んなレーベルがありましたけど僕は”ナゴムレコード”ってレーベルのアーティストの空気感が好きでした。

お酒もそこまで飲んで無かったので本日の成果(釣果?)をダンキンドーナツでメロンソーダ飲みながらあれこれ話し合ってたあの頃。それだけで楽しい時代でした。

大成功したインディーズレーベル

インディーズレーベルは全部自分たちでやる代わりに自分達自身が事務所代表なので売れると売上(利益)は凄いことになっていたらしいです。ただし売れないと在庫は増えるは借金返さないといけないし…って大変だったみたいで。

X(現X JAPAN)はエクシタシーレコードと言うYOSHIKIさんが作ったインディーズレーベルでデビューして、爆発的なヒット。LUNA SEAやGLAYなども在籍していたので、相当な金額の利益を手に入れたと言っています。

ナゴムは失敗した!?

僕の好きなナゴムレコードですが、今でも有名なのは「電気グルーヴ(旧、JIN-SAY)」や「筋肉少女帯」くらいでしょうかね、とにかく社長のケラさんは沢山のCD(当時はレコード)をプレスしていたので、かなり資金繰りに苦戦していた模様です。

そして、「たま」がデビュー前にナゴムレコードから唯一出していた”しおしおたま”がイカ天にて大ヒットした為、急激に売れ始めて、おかげで、ケラさんは借金を返済して、父親のお墓を建てられたと言われています。

2L 01161

ナゴムレコードはこの1枚で復活した

ナゴムはヘンテコな音楽だったんだろうか?

ナゴムレコードの在籍バンドはロックみたいな括りではなかったのは確かです。ほんとうに独特なジャンルでした。

有頂天しかり、「たま」しかり。

ケラ(今は、ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんは”出鱈目”とか”ヘンテコ”って言う言葉をよく使うんですけれど、まさにジャンルを形容するとそう言う感じだったのかもしれません。

O0480053513931447722

レーベルイメージも独特

ただ、演奏技術はしっかりしていましたよ。そこは出鱈目ではありませんでした。

“たま”が”さよなら人類”でヒットした時に、”現代用語の基礎知識”って言う本に載った事があります。その時の紹介は”ドメスティックな音楽”でした。

ドメスティックと言うとDVみたいな悪いイメージが多いですけれど、そもそもドメスティックとは「家庭内の」「国内の」と言う意味でして、”日本的な音楽”、”日本の音楽”を示す時に「Japanese domestic Music」のような表現を使うのが一般的です。

バンギャ、ナゴムギャルの存在

ちょいと話が横道にそれますが、当時はバンギャと言う言葉がありました。バンギャとは”バンドギャル”と言う言葉の略語で、今でいう”ファン”なのですけれど、一歩突き出ていて、「(このバンドのメンバーになら)抱かれても良い!ってか抱いて!」と言う主張が凄くて、バンドが泊まっているホテルに押しかけるような存在だったと聞きます。

ナゴムレコードのファンの女の子は”ナゴムギャル”と言われており、「抱かれても良い!」と言う感じではなくて、奇抜なファッションを好み、サブカルチャーに精通するような感じの子たちが多かったと聞きます。シノラーこと篠原ともえさんがナゴムギャルの正当後継者と当時言われていました。

今では、フワちゃんですかね?フワちゃんも篠原ともえさんの影響を受けているので、(あんなハイテンションでは無いですけれど)フワちゃんは”令和のナゴムギャル”なのかもしれません。

終わりに

今ならYouTubeやニコニコ動画に動画上げてブログのページでも作れば(収益化を考えなければ)自分の音楽を発表できる世界になっていますね。

ハードルは低いと思いますしアマチュアでもPCのスペックが上がってるのでそこそこの曲が作れる時代になってます。

令和で一気にブレイクした米津玄師さんも、”ハチ”と言う名義でニコニコ動画に曲をアップしていてブレイクしましたし、ちょいと前ならももクロのプロデューサーだったヒャダイン(前山田健一)さんもニコニコ動画出身です。

ジャスティンビーバーさんに見つかって世界的ブレイクした”PPAP”(ピコ太郎=古坂大魔王さん)もYoutubeがきっかけですし、世の中どこでブレイクするのかわからない時代になってます。

今で言うと”バズる”って奴ですね。
最近、音楽業界はダンスミュージックが多くなってあまり元気がありません。ハードルが低い分参入も簡単。
みなさん、バンドやって曲をアップしましょうよ!人生成功するかもしれませんよ!

エンジョイバンドライフ!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です