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散歩と言う行為と歴史の語り部

散歩が好きです。
基本的に歩くことは苦ではありません。もちろん、雨が降っていたり猛暑日だと苦ですが特にノルマを設けずにダラダラとラジオを聴きながら散歩するのが好きです。

もちろん恋人や友達と話しながら散歩するのはこの上なく楽しいのですが自分や相手の体調とかもありますよね。
疲れたり足が痛くなったりして「もう歩けない!」とか「ちょっとコーヒーでも飲んで休憩しようよ」と言うのも楽しいんです。これもまた良し。

……なのですが、自分のペースで歩きたいってのが上回る事も多くて。と、言うか好んで「よし散歩しよう!あてもなく適当に散歩しよう!」なんて賛同してくれる人は中々いないと思います。とにかくただ歩きたい。散歩してる途中で目的ができたらすぐに中断してその目的に変更できる位の時間の余裕がある…とか言うのは1人散歩の醍醐味であったりします。

Walking2 man

とは言え僕の散歩ルートはあまりバリエーションがありません。自宅から川崎まで歩きそこから川崎の街を適当に歩くパターンと『秋葉原〜お茶の水〜神保町〜小川町〜神田〜大手町〜東京〜有楽町〜銀座〜新橋』と言うロングコースくらいです。
まだ「知らない町を1人で適当に歩いてみた」ってのはやってません。
(いつか『知らない町を散歩して1万円を使い切る』と言う企画をやってみたいです)

で、いざ散歩をしててその街並みを見るとかなり様変わりしている事があるんですよね。特にコロナ禍を経て5類になり人の移動が比較的自由になってからの散歩はかなり“クル”ものがあります。
それは悲しいくらいに飲食店が閉店に追い込まれている事です。あとは資本力でしょうか、かなりチェーン店に様変わりしていたり…と、思ったら昔から「なんでこの店は営業できているのだ?」みたいな店はしっかりと残っていたり…。不思議なものですね。

Mr.Childrenの曲を聴いているとよく「子供の頃育ってきたあの建物や街が変わってしまった」と言うニュアンスの歌詞が出てきます。僕自身、そう言う『街の移り変わり』には耐性が付いているつもりでしたしそこまで思い入れがある場所はありませんでした。
勿論、行きつけの店が閉店になってしまった時は虚無感に襲われた事もありましたが、ある意味想定の範囲内と言うか「まぁ、それもそうだなぁ」って感じだったのですけれど久々に散歩をして歩き慣れた道に並ぶ店や建物が変わっていくのを見ると18歳で東京に来た上京したての頃を少し思い出してしまったりするんですよね。あまりにもこの街は変わり果ててしまった、と。……30年経ってるから当たり前なんですけどね。

『歳だなぁ』

と感じたらそれまでなんですけど、そう…恋人や友人と散歩をした時に「あぁ、ここは昔は……」と話したくなってしまう僕がいるんです。

ちなみに僕は仕事で秋葉原によく行くのですが秋葉原は常に変わり続けてる気がします。その時のオタクの為の街と言うか、この街に関しては「昔は……」を話し出すと終わらないのであんまりそう言う気持ちは湧きません。

僕が話したがるのはもう少し小さな街…と言うか個人的に強い思い入れがある店とかですかね。
「ここにマニアックな楽器店があって…」とか「トツゲキラーメンって店でよく昼食を食べてた…」みたいな。

お茶の水と言えば僕に取ってはディスクユニオンでインディーズのCDをよく買ったものです。

そんな話、聞かされる方からしたら知らんこっちゃ無い話なんですけど、なんか無性に話したくなる自分がいるんですよね。最初の話(なるべく1人で散歩したい)とうって変わってしまったんですけど歴史の語り部ってそう言う人だったんだな、と。
僕もまた恩着せがましいけれどそう言う存在になりたいんだな、と。
そんな事を思ったりします。

自分から調べないと街の変遷の歴史というのはわからないです。そしてそもそも調べようと言う発想は湧きにくいと思います。
でも、先輩や友達、家族や恋人から聞く話は次の世界へと語り継がれるのだな、と思った次第です。

語り部……。
令和の時代には絶滅した存在かも知れませんがなんとなく残したい文化だな、と散歩をしながら思いました。

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