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『パンダを見るには早い方だが、終電までにも早すぎる』

偶然にも同時期(2019年頃)にさらば青春の光とダウ90000が『終電逃させ屋』という架空の仕事をベースにコントを書いていた。(ダウ90000は演劇かも?)

さらば青春の光は『終電逃させ屋』
ダウ9000は『パンダを見るには早い方』

架空の仕事である『終電逃させ屋』の仕事はクライアントから依頼されてターゲットを終電に乗せないようにあれこれ模索すると言うもの。

終電間際に喧嘩(のマネ)などをして帰宅客の目を奪い、結果的に終電を逃したお客様を巨額ビジネス(タクシーやビジネスホテル、カラオケボックス)などに誘導してキックバックを貰おうとする団体で、複数のターミナル駅で連携して活動する組織型として活躍するのが『さらば』版。
それに相対するようにふとした事で別れてしまった2人の恋を再度確かめるシチュエーションまでの場面までは奇跡的に開催できたが淡々と時間がだけが過ぎていく。このままでは終電……終電で別々の路線に乗ってしまっては今回の作戦は失敗。なんとか時間を作るために終電を逃させる。その時に出てくるのはフリー(?)個人経営の終電逃せさせ屋(最終兵器を雇ってはいるけど)というのが『ダウ90000』版。

Saraba syuuden

さらば版

ダウ90000が劇団である上での最大のメリットでありデメリットであるのは『女性が複数人所属している』点だと思う。
例えば東京03やバナナマンのコントではメンバーが全員男性なのでコントによっては誰かが『女役』を演じることになる。求められるコントにちょうど合わせたステレオタイプの女性。基本女装なので外見や話し方で笑いが起こってしまう。

ダウ90000の方は女性役は女性が演じる。なまじ美人が多いのでそこで笑いを起こすことは出来ない。
ただ、リアルな男女や女性同士の会話はこちらの方が確実に吸い込まれる。コントのために誇張されたキャラよりも、舞台としてちゃんと馴染む装置としての会話達。

Dau panda

ダウ90000版

……とはいえ、同時期に実在しない職業に焦点を当て、全く別の物語に持っていくと言うのは舞台ならではだなぁーって。
一つのアイデアに対してさまざまなグループが自分なりの解釈をする。
着眼点が一緒でも着地点は全然違う、それがコント、演劇の味なのだろうなって。
突き詰めていけば作家性の賜物なのだろうな、って。

お題を決めたシチュエーションコントとはちょっとベクトルが違ったお話。

正直、今話題になっている事象をベースに書いてもきっと実力はあるから面白いだろう。でも現実にあるもの(例えばLUUPとか)をテーマに出すと、どうしても賛否になってしまう。
もしくは壮大な“あるある“になってしまう危険性を孕んでる。それでは物語の創造性に欠けてしまう。難しいところだ。

そう考えるとコントとか演劇って一部はSFの世界が起点になってる面白さがあるんだろうなって考えてしまう。

日常の不満に関しての群像劇だと政治的な話題がテーマになる事がある。ここの塩梅が大事。
ここで政治的な感じとSF感は出さず、小さな小さなコミュニティのなかでも劣等感と言う人間模様を得意にするのが『東京03』なのだろう。

たとえば、日本政治を揶揄してみるとしても、日本で最高に美味しいあんぱん(利権)が欲しくて行列が出来る、あんぱんは行列が長いから無理だとしてもメロンパン、ソーセージパンなどにも美味しさ(利権)がある……みたいなぼかしを入れてみるとか。
暗にみている方は、「あ、これ政治とか既得権益でお金を求める仕組みだ」って気づいてしまうかもしれない。舞台ってのはストレートより途中で気づく「ニヤリ」が楽しい。

長くコントや戯曲をやっている人たちはその中での空気感を、ちょうど良い塩梅に着地させる術に長けているんだろうな〜と。

回数を重ねている劇団とかになると、若者にとって日本の現代での生きにくさを、直接現代日本を舞台にするのでは無く、架空の国のお話にしたりするケースもある。でも、どこの国(この場合は日本)がベースになっているかはわかる感じにしている戯曲とかならあるはずだ。

他のエントリーでも書いているけど、0と100の世界だと物語は分断する。その中に「まー、何事も“塩梅“ってもとがあるからさー。みんな考えすぎなんだよなー」みたいなお調子ものがいると成立する方向に向かっていく。

ただ、一個のテーマに対して自分たちのお笑いのフォーマットにドンドンと落とし込んで行く“さらば“と友人関係を終電までの時間の『間』で学生群像劇に持っていった“ダウ90000(蓮見)“。
どっちが面白いと言う比較は出来ない、これらなネタを見る年代によって変わってくるもの。

基本的に漫才、コントには時間制限があってオチをつける必要がある。
戯曲にはラストシーンでどうとでも受け取れる形にする事が出来る。

ダウ90000には学生生活あるあるをブレイクスルーして演劇にさらに新しいエッセンスを入れられられる気がするのだ。
ただし、驕りたかぶることなかれ。自分の戯曲で黙らさるのだ。
ファイト!

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