最近、紙の本はマンガかエッセイばかりを読んでいる。長編作品を読める体力が無いというか、食指が湧かない。
ちなみに、よほど興味がある本以外は基本的にブックオフなどで物色してよさげなものを買っている。
ある日、ブックオフを散策中に「そういえば、朝井リョウさんのエッセイも面白いと聞いたな」というのを思い出し文庫本コーナーの朝井リョウさんの棚を見るとちょうどエッセイが1冊あったので購入。タイトルは「時をかけるゆとり」。

ぱっと読んだ感じ現代版(ゆとり世代版?)の原田宗典さんのエッセイみたいな感覚を受けた。作家のエッセイを他の作家で形容するのは失礼な事は十分承知なのだが、簡単に言うと「好きな文体」なのだ。
少し自虐気味な所とかと思えば「ふはは!俺って天才!」と思ってみたりと、色々と共通点を感じる。
自分なりに原田宗典さんの文体を模したものはこちら。
原田宗典さんのエッセイには友人はほとんど出てこなかった気がする(西早稲田キャッチボール連盟を作る時の長岡さんと原さんくらい)けど、朝井リョウさんのエッセイには「無駄に行動力だけある大学の友人」が沢山出てくる。男女問わず大量に出てくる。原田宗典さんと違って名前は出てこないけど。
そして「無駄に行動力のある若さと時間だけはある友人」と言うのが僕の学生時代の友人たちと重なるため読んでいて共感できるのかもしれない。
エッセイはほとんど笑える感じなのだが、たまにふと、考えさせられると言うか切なくなるものもあって、そのバランスも心地良い。(ちなみに別の篇で、「自分が忌み嫌う感動系の話で纏めてしまった」と切なくなるタイプのエッセイに対して自己嫌悪している)
また自身が便意に弱い点をフォーカスしたエピソードも沢山出てくる。ラジオに朝井さんがゲストで出た時に言っていたのだがIBS(過敏性胃腸症候群)らしい。ちなみにTBSアナの安住紳一郎さんもそうらしい。
そう言えば僕も昔は便意に悩まされた。普段は来ないのにいきなりピークが訪れるタイプ。またトイレが無い乗り物に長時間乗る場面にはめっぽう弱かった。
これは確実に精神から来るものだろう。それらは気がつけば無くなっていた。
経験を積んだからか、老化か。悪い事ではない。朝井さんもきっと歳をとるにつれ、これ(ビロウ)系のエピソードが減ってくる事を願うばかりだ。
さて、「時をかけるゆとり」に掲載されているエッセイは短いものと比較的長いものがある。「あれ?もう終わり?」というのもあれば「これは大作だな」みたいな物もある。この長さのアンバランスさから、何かの定期連載を纏めた物とは違うのであろう。
まだ「時をかけるゆとり」しか読んでいないので、本作だけかもしれないが無謀なチャレンジ系が多かった。企画を思いつくところまでがピークで計画の段になってボロがどんどんと出て頓挫……このパターンは行動力がある友人が多数登場するほど、とんでも無い方向に進んでいく。逆に一人や少人数だと結果は散々だが上手く行ったりする。
でも、失敗したとしても笑い話や歳をとってからの昔話にできるし、朝井さんはエッセイのネタとできる。なによりこの本に載っている無謀な行動たちは「若いうちしかできない」事ばかりだ。歳をとってから無謀な行動力を見せると失敗した時のリターンが大きい。場合によっては”die”が目をよぎる事もあるだろう。周りの目も気になるかもしれない。
それに案外無事成功していたら記憶にはあまり残らないかもしれない。
若いうちに節約してお金を貯めて老後(定年後)に遊び倒すという計画を立てた人が、いざ実際に50歳くらいでFIREしたけれど、若い頃に食べてた食べ物が脂っぽくて食べられなくなっていたり、腰痛などがあって激しい運動ができなくなってしまったという話を聞く。本末転倒とまではいえないが「思ってたんと違う」ってヤツである。
だからこそ、若いうち(結婚する前くらいまで)はある程度のお金を使ってでも何かにチャレンジしてみたほうが歳をとってからの人生が豊かになると思っている。あまり良い事ではないかもしれないが、過去の経験や思い出を反芻する事でポジティブな感情になることも出来るし、なにより小説やマンガの原作を作る事が出来るかも知れない。
Stay hungry , Stay Foolish.
まさにこの言葉は朝井リョウさんをはじめ、全ての若い人達が叶える事が出来るシンプルなスローガンなのだから。


