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エメラルド・グリーン

青年は落ち込んでいた。心の底から愛していた人に別れを告げられたからだ。青年にも言いたいことは沢山あった。でも、この別れを綺麗な終わり方にするにはズルズルと話すべきではない。最高の恋は最高の思い出で終わらせたい。青年は思っていた。

しかし、青年は誰かにこの話を聞いて欲しかった。自分の主張を聞いて欲しかった。だが、彼の友人・知人に話しては話は巡りまた彼女の元へと伝達される。それではダメなんだ。

そのうち青年は学校を休みがちになった。言いたい事を紙に書いてみたりしたがそれで彼の心が晴れることはなかった。

ある晴天の日、青年は一人でユーシン渓谷へと向かった。電車とバスを乗り継いでだ。なぜ、ユーシン渓谷なのかはわからない。とにかく、どこかへ行きたかったのだ。

20160611 112913

晴天のため、いささか汗を書いてしまった。5月とは言え晴天の日は暑い日差しで日焼けしてしまいそうになる。
学校は休んでいるので自由に過ごせる。バスを降り、近くにある小さな温泉へと向かう。

名前もよく見ずに入った。せっかくの天気だったので露天風呂へと向かう。露天風呂は混浴しかなかったが、青年は気にしなかった。もし、青年ではなく、これが女性だったらためらっていたのかも知れない。

露天風呂は湯気が立ち込めており、晴天の日差しと共に最高の状態であった。
露天風呂には誰もいない。貸切状態である。青年はしばし上を見上げる。雲ひとつない青空が続いており、いささかそれが水色のキャンパスの様にも思える。

そんな中、露天風呂のドアがあく音がした。湯けむりのため、最初は見えなかったが、どうも髪の長さから女性らしい事に気付く。

「あっ。」
女性は青年を見て、一瞬たじろぐが、何事もなく露天風呂へと足をつけて行った。
青年は女性を見る。まじまじと見たわけではないが、年齢は自分より少し上かも知れない。なぜ、こんな平日にこの温泉に来ているのか?

青年は邪推な考えをやめた。自分だってそうではないか。

そこで青年はふとこう呟いた。
「すみません。ご迷惑でなければ、僕の話を聞いてくれませんか?聞くだけで良いです。」

湯気の向こうから頷く仕草が見えた。

青年は話した。彼女との出会いから別れ、そして自分で溜め込んでいた感情を全て。気がつけば矢継ぎ早に話していた。

時間の頃なら20分位であろうか?温泉にも長く浸かっていることはできない。
「そろそろ出ますね。お話を聞いてくれてありがとうございました。」青年は一礼すると露天風呂から出て行った。
脱衣所で髪を乾かし、温泉を出る。

青年の顔は非常にすっきりとしていた。出せなかった心を全て吐き出した気分。

青年は「よし、学校へ戻ろう。もう、大丈夫だ。」と軽く呟くとバス停へと向かう。
この場所はバスは30分に1本しかこない。

バスが来る。青年は都会へと戻ろうと決意する。

「ちょと待って。」
振り向くと、先ほどの女性が小走りをして青年の方へ向かって来た。

「私からも。」
そう言うと、女性は青年に軽いキスをした。時間にして1秒。
「じゃあね。ありがとう。」

青年は困惑しながら、バスに乗る。
なんだったのだろうか?
女性も何か悩みを抱えてここに来たのだろうか。僕の言葉によって、彼女の心の中の氷が少しでも溶けたのだろうか?

しかし、青年はもう振り向きはしなかった。何を言いたかったのかはあのキスで全て分かった様な気がしていた。そして、何よりも明日からの生活にワクワクしていた。
まるで、白昼夢の様な一日。

空は、ユーシン渓谷の玄倉ダムのエメラルド・グリーンをもっともっと青くした色で塗られていた。

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