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僕が手順書を作る訳-明文化された組織の発展

はじめに

昔からマニュアルを作るのが好きでした。僕が説明しなくてもマニュアルを見ればすべてが分かると言うのは凄い良い体験で、今思えば自分の思考のアウトプットの訓練になっていたと思います。

ここで書いておきますが(いろいろな)仕事は決してお金を貰う以外の経験が出来ると思っています。
今、ブログとしてこうしてアウトプットする技術も仕事上の経験がかなり活かされていると思います。

さて、35歳を超えたあたりから必要とされていなくても、手順書を作るようになったような気がします。会社員として15年目を超えたあたりからですね。それまでも説明資料などは沢山作っていたんですけれど、仕事や組織上、後輩も多くなり、質問される立場に本格的にシフトした頃だと思います(自分が技術面で質問できる相手が部署にいない状態ですね)

基本的に1回(ワンタイム)しかしない作業は手順書を作りませんが、今回初めて自分が(結果的に)作業したけれど、この作業は今後も誰かがやる必要があると思った際は積極的に手順書を作っています。

手順書もそんなにこだわらずに、Excelで、文字を書いてスクリーンショットを貼りつけ目的の場所を赤枠の四角で囲む程度です。

なぜ手順書を作るのか?

これは簡単です。“自分が楽したいから”です。
毎回聞かれるのも面倒だし、どこからか「自分は知らないけれど波秋は知っているらしい」と言ってまた一から説明するのが面倒だからです。僕にはもっとやりたい事がある。

たまに、そういうのを一切作らずに「xxだったら○○さんに教えてもらえ」と言うルートを作り出し、○○さんとしては「この技術は俺にしかわからない。だから会社は俺を必要とするはずだ」と自分の組織に対して確固たる存在意義を持ちたい人がいます。
こういう人、驚くことに思ったよりいるんですよ(年配の方に多いですが)

僕はそう言う気持ちは全然ありません。「手順書作ってしかるべき所に置いておけばもう質問来なくて楽だわ」てな感じです。ノウハウの出し惜しみなんてする気がありません。知っている事は全部ドキュメント化したいくらいです。

Setsumeisyo manual

そういう資料や手順書を沢山作っていくと、それを見る人は「あぁ、これは波秋が作った資料だ」と大体わかるんですよね。なので、僕が会社からいなくなっても手順書があれば、僕は去れるんですよ。そして、僕の名前も(ある程度の期間は)残る。それが会社での僕の自己顕示欲なのかもしれません。

たまに一子相伝みたいな感じで語り継がれている技術とかノウハウってありますけれど、自分の退職や後継育成としては、今の時代ではナンセンスだと思います。

あなたの会社はどうですか?

手順書を作るからわかる事がある。

よく、自分が勉強して理解した場を一番アウトプットするのに効率的な業務として「自分が講師となって勉強会を開く」と言うのがあります。
資料を纏めたりしても、案外それだけではきちんと理解できない場合があります。自己満足して終わりって奴です。
案外、この知識はスポっと忘れたりするんですよね。

自分の口で音に出して、受講生の反応や質問に答える事により、「そうか!こういう事だったんだ」と講師なのにそのタイミングで理解度が深まったりするんですよね。

これは実体験としてあながち間違っていないと思います。

僕が手順書を作る場合は「新人でも書いてある通りにすれば出来る」と言う観点で作成します。言い方は悪いですが「サルでもできる」レベルで考えてます。
自分が知っているからと言って手順を端折るとそれは”誰でも理解できる手順書”ではないと思うんですよね。

ただ、いつまでも自分が手を動かして手順書を作るのではそれはそれで後継育成にはならないので、最近は後輩に実際に作業してもらいながら同時に手順書を作成すると言うスキルを育成しています。

作業をする→(誰でもわかるような)手順書を作成する→勉強会などで広める

この行為のスキル(メタスキル)を後輩やプロジェクトメンバ達に教えるのが今の僕の仕事の一つでもあります。

おわりに

システムエンジニアの世界って、最新技術などはどんどんドキュメント化されたりしているですけれど、所謂”職人”達が持っているプロジェクト現場ですぐに活かせるノウハウって暗黙知のままで明文化されていない事って多いんですよ。
特にトラブル発生時の問題の切り分け方法なんてなかなかありません。

それを「知ってて当たり前だろ?」と突き放すか、「後続の為に明文化しておこう」と言うのでは組織の発展・サステイナブルな組織運営に対して全く違うスタンスだと思うんですよね。

本当は会社も個人の評価・査定として、売上や利益、納期遵守だけでは無く、組織貢献度ってのを加えてほしいんですけれどね、数値として目に見えないものは評価しにくいと言う日本文化があるので、まだ先の話かもしれませんね…。

ちょいと、未来が暗く見えそうです。でも「暗い暗いと言うよりも進んで明かりをつけましょう」の精神で僕はやっていこうと思います。

(ちなみにこの言葉はマザーテレサの言葉「
暗いと不平を言うよりも自ら進んで明かりを灯しなさい。
だれかがやるだろうということは、だれもやらないということを知りなさい。
」の引用です)

では。

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