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残業って何だろう?

はじめに

「働き方改革」とか「残業多い!ブラック企業!」とか今年になってどんどん言われているような気がします。
僕は若い頃は当たり前のように残業していましたが、今はほとんど残業していません。

なぜでしょう?今回はしっかりと「残業」について考えてみる事にします。ちょいと長文ですがお許しください。

残業の定義

残業とは、規定の労働時間を超えて仕事をすることをいいます。
規定時間後まで残って労働すること。また、その仕事。居残り。

などありますね。
ようは、規定の労働時間(9時〜17時までとか)があって、それを過ぎても仕事をしていれば「残業」な訳です。
んなの、当たり前だろ!って感じがしますね。

例えば、ライン工(ラインから流れてくるものに対して自分で作業をする仕事)だとすれば、生産量は時間で決まってくるので、会社から「すまないが、生産量を増やしたいので、あと3時間頑張ってくれないか?お金はその分出すから」と言われてそれに納得すれば、「残業」となります。会社のために3時間余計に働く代わりに、3時間分の対価を貰うと言う仕組み。その際に支払われる対価が「残業代」となります。

この定義が、基本的に一番”正しい”残業の考え方です。

これは利害が一致しているからです。
・会社=生産量が増える=売上増える=嬉しい
・ライン工=残業したぶんのお金が貰える=生活が潤う=嬉しい
って感じですね。

エンジニアの残業

さて、僕の仕事はシステムエンジニアです。簡単に言うと、プログラムを作ったり、設計したりする仕事です。
あと、僕の会社は僕が入社時から、勤務時間は”自己申告制”で、タイムカードを言うのを使った事がありません。最近は、自分のPCの立ち上げ時間を記録されていて、不正な残業(してないのをしている)も、逆も(しているのにしていないと言う)出来なくなっています。

「お前、23時までPC上がってるけれど、残業ゼロってどう言う事?」みたいな逆転の指摘もある感じですね。ここら辺はホワイトって言っても良いでしょう。

でも、僕たちの仕事って「時間あたりの生産量(=生産性)」が一般的には定義されていますけれど、それって人によって違うんですよね。20年以上仕事してますけれど、こればっかりはがっつり人の能力に依存します。

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福島の思い出

さて、新人の頃。僕は福島でプログラムを作っていました。共通チームと言うチームで、システムの土台となる共通部品を作っては、各チームに配布していました。んで、各チームから「こう言う部品作ってよ」と言われては作ってましたね。

なので、「作業のノルマ」ってのが無いんです。言われた分だけ作る。って感じです。若かったし、残業代もしっかり出たので、まぁ、バカみたいにプログラムを作ってました。
先輩とかから、「こう言うツールがあったら便利なんだけれどな」と言われれば、「へいよ!」って言って作ってましたね。なので、毎日の作業時間は8時30分からほぼ24時まででした。
時代がそうだったんでしょうね。みんな残ってたし、24時から2時まで毎日のように飲んでました(行きつけのスナックで)。

そうすると、すぐに月の残業は100時間を超え、年間だと1200時間になります。1000時間を超えると、労働基準法に違反するので、999.75時間まで残業をつけて、あとは捨ててました。
飲んでも、飲んでもお金が増えていきました。

別にサボっていたとかダラダラしていたとかはありません。(まぁ、定時後に喫煙室で30分位おしゃべりする事はありましたが)ほとんどがPCに向かってシコシコとプログラムを書いていたんです。
でも、これは僕が「プログラムを作るのが大好き」だったから出来たのだと思います。また、「結果がすぐに喜び(お客様だったり、他のチームだったり)に繋がる」と言う点も大きかったですね。

だから、いやいやプログラムを作っているような人は「仕事がどんどん降ってきてやってもやっても終わらない」と言う風に感じると思います。

この場合の僕と会社の利害は、
・会社=納期通りに物が作れる=赤字にならない=嬉しい
・ぼく=プログラムが作れる=残業代もらえる=嬉しい
って感じですね。
利害が一致していると思います。納期を守るために残業代を10万円払う事なんてちっぽけなものなのです。

知的生産性を無視した残業

でも、仕事ができる人(定時内に終わらせる)と、仕事ができない人(どうしても残業4時間かかってしまう)では、利害関係どうなるでしょうか?

仕事ができる人
・会社=見積り通りにスケジュールが進む=赤字にならない=嬉しい
・ぼく=定時で帰れる=残業代はもらえない=当たり前

仕事ができない人
・会社=残業しているけれど納期は守られている=残業代(原価)が増える=嬉しく無い
・ぼく=毎日夜まで働く=残業代はもらえるけれどプライベートがない=辛い

となるのではないでしょうか?
同じ仕事量の依頼をしても、できる人には残業代を払わなくて良いけれど、できない人には残業代を払う。
ってのは僕には「?」に思えます。

もちろん、僕が「仕事ができる人」って訳ではないです。仮定です。

長期的に見てみる

ただ、僕たちの仕事は「1日で完結する」ような仕事ではないんですよね。ここがポイントです。
ライン工だったら、「今日は100個作った」って言う明確な数値があります。
でも、プログラムだと、小さいプログラムなら1日でできますが、大きな(複雑な)プログラムになると数週間なんてざらです。
なので、「今、どのくらいできてる?」って言うのに答えるのはほぼ自己申告となり非常に尺度が測りにくいんです。なので、「今日はここまで」と言う判断は個人に委ねられます。これが厄介。

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上長から見れば、誰がどこまで進んでいるのかは毎日はわからないので、「あいついつも定時で帰ってるな。間に合うのか?他の奴は残業しているけれど」となり、「定時のチャイムでさっさと帰る奴」となります。
”納期通りに仕上げる”のが僕たちの仕事なので、結果、納期通りにプログラムなりなんなりを作れば問題はないのです。
さらに言えば、残業していないので、会社としては、残業代を払わなくて良いので、収益は増えます。

まだ残る昭和的な評価

この「誰がどこまでやっているか?」を数量化しにくい(できない)のが問題なんですよね。
昔ながら(昭和)の人は「みんなが残業している。結構、結構。それに対して、あいつはなんだ!すぐに帰って。仕事してるのか?」ってなって評価が低くなることがあります。(僕も言われたことがあります)

でも、自分のノルマが明確で定時内にそれを終えられれば会社のためにも(残業代を発生させない為)帰るべきなんですよね。

そう言う人に限って、みんなが早く帰っている日に調査とかで残業していると、「みんなは早く帰ってるのに、お前だけなんで残っているんだ!」とか怒られます。理不尽この上ないです。

理不尽でも仕方がないのか?

”会社”として求めているのは”結果”です。ただし、評価は”過程”に重みを置かれる風潮があります。

勿論、僕も鬼ではないので、周りの人が「助けてくれぃ、手伝ってくれぃ、相談に乗ってくれぃ」と言われれば、勿論、その人に付き合って残ります。その人たちを「自己責任」と無視して帰るような事はしません。仕事は一人ではできないので。チーム、組織ってそう言うものです。

でも、ダラダラ残るような「残業」はしたくないですね。まだ、僕の会社にも「残業代を稼ぐために会社に”居る”」ような人もいます。まぁ、僕が残業代を払う訳ではないので、「勝手にしてくれ」と思いますが。

これからの残業の評価

これからは、「残業して居る=仕事ができない」と言う風潮が増えていくと思います。上司自身の K.P.I.に「部下の残業時間」が出てきているからです。これは少ないほど良いです。部下の残業時間が多いと、マネージャーとして「お前はどう言う管理をしているんだ!」となります。
これが、「働き方改革」の1点目です。しかし、それでいきなり残業0になると「残業を見越して生活設計して居る」人が生きていけなくなるので、”みなし残業”と言う制度が出てきます。

ちょいと余談

私事なのですが、僕の大好きなバンド「東京事変」が解散することになった時、ラストライブを映画館でシネマビューイングできると言う機会がありました。電話をするとその映画館も空席があるとの事。「で、今日は定時で帰りたい」と言うと「みんなが大変な状況で、なんでそんな事が言えるの?意味わからん」と言われた事があります。たった1日ですよ。それも定時後です。それが見られれば、また明日からの気力にもなったと思います。残念な思い出です。

今後のあるべき姿

僕は、今後”みなし残業”すら入らないと思います。それは基本給に含まれるべきです。このままでは「ある程度残業して居るけれど、まぁみなし残業代もらってるからいいか」ってなってしまうんですよね。あくまで、定時内に終わらせるように努力して、それでも終わらなかったら自分の責任なので、無償で終わるまでやる。これは自分の力不足だから。と言う風潮にならないといけません。

ただし、そうすると、新人がきついので、ある程度の年次までは、残業代をつけても良いと思います。会社としては「勉強代」として計上するつもりで。また、その際に新人をサポートする人が必要ですので、その人も定時後は残業代をつけても良いかもしれませんね。勿論「残業代」ではなく「指導代」です。

エンジニアの残業で振り返る

さて、最初に戻りましょう。
そもそもの残業は会社も個人もWin-Winの状況だから生まれるものです。
「会社の営業時間を伸ばすからその分働いてくれ」って感じですね。

でも、1日あたりの生産量が見えない仕事は「必要な残業」なのかがわかりにくい。「今日はここまでやったので終わり!」と言う明確なポイントが個人に委ねられるからです。

勿論、スケジュールには大日程、中日程、小日程と細分化されて生きます。大日程は月単位での作業を示しますが、小日程まで落ちると、日ベースです。それでも、”1日”までは細かくできません。3〜4日の単位で線が引かれます。

まぁ、プロジェクトが上手く進まなくなる、いわゆる「地獄プロジェクト」になると、毎日進捗会議が開かれたりします。もっとひどくなると朝と夜、1日2回進捗を聞かれます。報告単位がそこまで細かくなると良いですが、なかなかそんなに捗らない。そもそも進捗会議で時間が奪われる。と言う最悪のケースになりかねません。

突き詰めてわかる根本的原因

まぁ、マネージャー視点で突き詰めていくと、根底にあるのが”お客が出すお金”と”見積もりの積み上げ金額”に乖離があるからなんですよね。
最初にざっくり見積もりをしてから、「あと5億落とさないと受注が取れない」なんて世界ですから。よほど見積もりが上手い人でも、最後は「生産性向上施策に努める」として、1人あたりの作業量が元から増えてしまうからです。

それでも、プロジェクトは上手く行きます。そりゃー残業しているのですから。1人の1日に対する作業量に対して、1.5日の見積もりを出しているのですから0.5日の残業をすれば計算上上手く行きます。

終わりに

でも、「なんだかなぁ。」って思います。お客様も「システム構築にはお金と時間がかかるものだ」って思ってもらえると一番嬉しいんですけれどね。でも、競合他社が出てくると、価格面は評価として一番評価しやすいポイントですからね。厳しいのも事実。

残業は悪。残業しないと終わらないような仕事があるのはマネージャーの責任。そう言う時代になってほしいものです。だからといってダラダラ働いて定時に帰るのではダメですよ。
定時内に全力で効率よく(少しくらい雑談も良いと思いますが)働いて定時に帰れるように上司に対して、残業をしないで結果を見せれるように努力する必要はありますよ。

「効率的に働く」「いかに勤務時間を縮めて自分の時間を満喫するか?」を一度再確認していただけると幸いです。
働き方改革の根本は”残業時間を無くする”事ではありません。そこを理解していただける社会になってもらいたいものです。

長文失礼でした。

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