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不思議な夜の唄

大人になってからは「こんなに楽しい日を過ごせて良いのだろうか?」と言う経験は驚くほど減っている。
ここで言う”大人”とは、もう結婚する年齢でもなく、かといって独身を謳歌するでもなく、ただただ過ぎていく日々の消化試合を過ごしているような”残念な”大人を指す。

ちなみに僕が、その定義で言うところの”大人”になってから1番楽しかった思い出は今でも強烈に覚えている。
あるビジネスの内容を詰めるために、週末を使ってみんなで会社の保養所に合宿に行った翌日の海水浴だった。
ちなみに僕は泳げない。でも海は好きだ。いい大人になりながら浮き輪を借りて海でプカプカしながら太陽の光を浴びていた時に「幸せとはこういう事を言うのか?」と思った。


さて、前にコンビニ店員に恋をしてると言うエントリーを書いた。その後の後日談としては進展は無し。
コンビニに行った時にその子がレジだと嬉しいってだけ。別に素晴らしいラブストーリーなど思い描いてはいない。それが、”残念な”大人。

自分のことは充分承知してる。45歳。今は坊主頭。40歳を越えてからは太り出しいいとこ無し。貯金も特になく、その日々を流れるように暮らしている。
周りの友達は家庭を持ち、持ち家をもち自家用車で移動している。僕には何もない。

なのでこのコンビニ店員との恋が成就する確率は東京に隕石が落ちるほどの確率と同様と考えて良い。まぁ、ゼロパーでは無いが、限りなく無いパーってやつだろう。
でも、それで良い。生活にはスパイスが必要だ。何の刺激のない毎日はそれで良いかもしれないけれど、性に合ってない。

…ある土曜日、行きつけのBARに行った。やましい気持ちはもちろんない。コンビニの子がこの店に来るでもないし、パチスロで少し勝ったからいつも以上に飲もうと思っただけだ。それに、そのBARは一人でも普通に飲める本当の行きつけだった。

この日も色々なお客様がいた。
変なお客さんはおらず、僕はいつものように自分の”口”で声を出すことによりストレス発散をしていた。

在宅勤務になってから人と話す機会がめっきり減ってしまった。下手すれば誰とも話さないまま1日が終わることもあった。言葉を発しない1日は驚くほど何も残らない。終末までのカウンタが進むだけだ。

だから僕は行きつけのBARで色々な人と何気ない会話をしていた。

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最初はいつもの男性メンバーだったけれど、空気が変わった。
いつもは口下手なお客さんが別の店でお話しした女性がこのBARに来ることになったらしい。この街は飲み屋同士の仲がよく、ギスギスしていない。店を早く出たら「次はどこ(の店)行くんですか?」と聞かれるほどだ。

僕はこの店(BAR)での”女性との出会い”には全く期待はしていない。そう言うのを求めて通っているわけではない。

簡単な事だ。僕は45歳。そんな男に恋をする女性などいない。
だから多少美人な人がお客様に来てもこの店では僕は変な気を起こさなく済んでいる。
女の子がいても下心が無い場合、その人と話すのは実に容易い。

この店にその女の子を連れてきた男性はいささか酔っており、その子が来た瞬間にシャンパンを入れた。シャンパンは決して安価では無い。

その女性は小顔で美人であった。
僕が例えるなら、『綺麗な』剛力彩芽であり、目は綾瀬はるかであり、ショートカットの雰囲気は波瑠であった。

普通なら恋をしてしまうだろう。
でも、僕はすぐさまソナーを打ち、その子が結婚していることを知った。

そうなると話は楽だ。シャンパンを頼んだ男性には申し訳ないが見返りはないだろう。

お酒を飲みながら楽しく話す。世の中にはキャバクラなる高額を払っても楽しい思いをできない店があるが、そう言う店に通って楽しいのは20代までだ。

そうなると話すハードルは一気に楽になる。なにせ彼女は旦那持ちだ。セクシービデオの人妻のような展開はない。あれはフィクションだ。

僕に与えられた楽しみは彼女の旦那の職業と趣味を聞いて話を合わせるだけだ。ノーリスク、ノーリターン。それでいて楽しい。お酒代は自分の分だけなので、そう言う意味だとリターンの方が大きい。

そのうちにもう1人の女性が入店してきた。20時頃に通り雨が降り、帰り道に傘がないようで雨宿り目的でBARにやってきた。その人は常連さん。
その女性も例外なく結婚しているので、僕のターゲットからは離れていた。

過度な期待には碌なことがない。過度な期待は後悔を産む。それも自分だけが後悔する。そんな無駄な時間を過ごすほど僕の人生は余っていない。

最初に来た女の子と、次に来た女の子。
同じ主婦として友達になろうと桃園の誓いを結ぶところであった。

僕はいつものようにシーバスリーガルの水割りを飲みながらその光景を微笑ましく眺めていた。

普段ならここでこの話は終わりだろう。
適度に飲んでいたので『人妻さんたちが仲良く話している風景を微笑ましく見て帰ろう』であった。

…あったのだ。
僕はまだ帰らなかった。いつもの相場の金額は飲んでいただろう。
でも、パチスロで少し勝っていた。

この人妻たちの会話を少し盗み聞きしようと思ったのだ。実にゲスい。

もう1人の女性は前にあった事があったそうだ。ADHD気味の僕は人の名前を覚えるのが苦手だ。なので、女性側から僕の情報を知ることになる。

先程の小顔の女性は確かに美人であったが、完璧すぎた。独身の俺がとやかく言えるレベルではない。

もう1人の人、この人も旦那持ちで気は楽だ。
そう、旦那持ちの女性が行きつけのBARに集まってワイワイ言うのはおそらくコスパが良いと思う。少なくともホストクラブみたいな場所に通うよりはよっぽど健全だ。

さて2人目の人妻、芸能人で言うとHKT48の指原莉乃、ファーストサマーウイカ、そしてミュージシャンの中嶋イッキュウに似ていた。

また、この日は珍しく場を回すお客がいなかった。

大抵、夜も遅くなってくると声が大きい(悪い意味ではない)人が場を回し始める。
僕もこのBARに通い始めた頃は場を回していたけれど、今は俯瞰からそれを眺めている形をとっている。特に理由はないんだけれど、自分が場を回すにはいささか歳を取りすぎているのだ。それに気がついたのは最近の事。

その後、BARは店を閉めて地元のローカルカラオケとの移動となった。川崎とかの街に出るわけではない。
個人経営しているカラオケボックスへの移動だ。このBARは比較的自由度が高く、店を閉めて残っているお客様たちと次の店に行く事がたまにある。

この街には不思議なカラオケがある。カラオケボックスみたいにたくさんの部屋があるわけではない。1部屋のみ。さらにカラオケスナックのように飲みながら歌いたい人だけ歌う店でもない。実に不思議な店だ。実を言うと料金体系もよくわかっていない。

美人の人妻軍団もそのカラオケに行くことになった。
僕の生き方としては『人のものに手を出さない』と言うものがある。なので、どれだけ酔っていていても変な気を起こすことはない。

でも、その日はちょいと違った。
酒が入りすぎていた…と言うわけではない。「目」で会話してしまったのだ。

さて、「男性は目で女性に恋をして、女性は耳で男性に恋をする」と言う。

その場合の”目”は、綺麗、スタイルが良い、とにかくタイプだ。と言う意味を指す。
でも、僕はちょいと違う。”目”と”目”で会話する事だ。

そんな事は生きててもほとんど経験できることではない。

“目は口程にものをいう”と言う言葉がある。よく言った物である。

“目”は嘘をつけない。

楽しかった。いろんな人がいろんな歌を歌った。みんなタンバリンを叩き、僕はマラカスを振っていた。

そんな中、”目”では会話ができていた。

僕はそれだけで十分だったし充分だった。

時計の針が1時を回りそうになった頃、BARのマスターが帰ろうとした。BARのマスターも幼子がいるので、そんなに夜更かしはできない。だからと行ってその場がお開きになる訳ではない。

帰りたい人から自由に帰る。それがこの街の暗黙のルール。

BARのマスターが帰り支度を始めた頃、僕が大好きな曲のカラオケが入った。この場には何人もの人がいたんだけれど、おそらく僕とマスターしか知らない曲。もちろん僕が入れた訳では無い。

まだ、僕がこのBARに通い始めた頃に、たまたま見つけたバンドの曲。マスターが入れてくれたみたいだ。
僕は帰ろうとするマスターを引き留め一緒にその曲を歌った。なんかいろんな溜まっていた鬱憤がふわっと溶けていく感覚。

全てが浄化していった気がした。
僕は”目”でひと夜の恋をして、人の優しさを知った。

時計の針は2時。
マスターがあらかじめ言っていたのかは知らないが自然とお開きになった。
シンデレラは0時で魔法が解けるけれど、僕の魔法はさらに2時間延長された形となった。

帰り道も楽しかった。みんなで色々と話しながら帰った。
そして、帰宅後すぐに睡眠した。

翌朝、魔法は解けた。
昨日の思い出を反芻したけれど、あんまり深く思い返す前にやめた。あの夜は特別な夜だ。
全てのタイミング、歯車が合って生まれた空間。

今後も、僕はそのBARに行く。その度にいろいろな人と出会うだろう。でも、いつまでも「あの夜は良かった」なんて思わない方が良いのだ。

みんな、それぞれの日常に戻っただけ。

あんまり深入りすると、グリム童話のように…いや藤子不二雄のブラックジョークのようにバッドエンドが待っているだろう。

だから、前を向いて「楽しかった思い出」の一つとして早めにパッケージングする事にした。

それがこのエントリーである。

人は一人ではどうしようもない時もあるし、どれだけお金があっても真の幸せが得られなかったりする。
世の中はうまくいかないから、生きがいがある。ちょっと不便な方が実は良いのだ。

そう言う生き方をしていると、時折、神様がご褒美をくれる。
そんな土曜日の夜のお話。

『生きてて良かった』

そんな不思議な夜のお話。

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