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若者のすべて at 矢向

また夏が終わる。
今年の夏は早かったな、なんて思ってたらもう台風と共に夏の終わりがとげる。

大量の蝉の死骸と共に赤とんぼが飛び出す不思議な時間。

夕方、台風のせいか空気が綺麗だ。
僕はビールを飲んで茜色とまでは行かない台風の淀んだ空を見ながら思う。

こういう時は、あの店に飲みに行きたいなって。
あの店は、陽が暮れる前と暮れた後で景色が変わる。どちらが良いという訳では無い。独特な雰囲気がある店だった。

真夏の夜。夜中に目が醒めてしまい、どうしようも無くなっても開いている店だった。
朝の5時まで開いていた店。

ラストまでいて、朝日を見ながら帰ることもあったな。
どれだけ飲んでも2万円は越さなかった記憶がある。ちょっと女の子がいる店に行ったらすぐに到達してしまうような金額。

昔の話。

ある夏、その店の店長とお客さんでライブをすることになった事を聞いた。
僕も音楽をやっていたので誘われなかったのが少々残念だったが、僕がその輪に入るのはいささか年齢が過ぎていたみたいだ。

忘れない。
川崎の地下のBAR兼ライブハウスでそのライブは行われた。

動画は他のカメラで撮っているらしく、僕はスナップショットだけ撮らせてもらった。
色々な曲を演奏していたが、印象深かったのはフジファブリックの『若者のすべて』だったな。

フジファブリックの『若者のすべて』は2007年の11月に発売された(とネットで見た)らしい。
僕が知っている『若者のすべて』はフジテレビで放送されたTVドラマであり、1994年に放映された。

実に一回り違う。
歳をとるのは悪くないが、歳を縮める事ができないもの事実。
僕が歳を取れば、あの人も歳をとる。そう、生きている限り。

あれから何年経ったろうか?
店は閉店してあの頃の常連客とも会う機会が無くなってしまった。

ここ数年はとある疫病の為、外で飲む事も難しくなってしまった。
お酒が直接の原因では無いにせよ、国が決めた事なので致し方ない。

とある夏が終わる日、インターネットの動画で『若者のすべて』の動画を視聴した。
志村正彦が歌っているものではなかった。志村正彦はもうこの世にはいない。

斉藤和義がドラムを叩き、奥田民生がベースを弾く。
そんな中、山内総一郎が歌う『若者のすべて』の動画。

斉藤和義も奥田民生も一流のプレーヤーだ。
でも、彼らがリズム隊に徹し、山内総一郎がギターを奏で、歌った。

その時にこの曲のある一面が見えたような気がする。
音楽としてではなくて、楽曲として。


ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

歌詞がぐさっと刺さった。やっとこの曲を理解できたような気がする。それは『良い歌』という意味だけでは無くて自分の思い出としての昇華。
この曲の指す風景と今がリンクしているような気がして。あまり歌詞を書いてもしょうがない。これは聞くしかないし、自分で感じるしかない。

真夏のピークが去った。
そんな夏休み。

僕はこれ以上何も失いたくはないんだけれど、きっと生きている以上失うものは沢山あるだろう。
忘れるのも良いし、忘れられないものを無理して忘れる必要はない。

何年経っても思い出してしまうな

そんな思い出があったって良い。忘れることが美徳だとしても、忘れないことは決して悪徳ではない。

夏が来るたびに思い出すことは、決して嫌なことだけではないんだよな。
まだ、セミが鳴いている。

これはノスタルジックなのだろうか?
僕はまだその答えを出せないでいる。

誰もが『若者』である時はあるけれど、『若者』で居続ける事はできないんだよな。

それもまた一つの答えなのかもしれない。

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この夏の終わり。僕はずっと弾かなかった『若者のすべて』を弾いた。とてもシンプルなコード進行。ずっと弾かなかったんだけれど、2021年、秋。弾いたよ。

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