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僕にとっての80年代後半の音楽

僕にとっての80年代後半の音楽。つまり時期的に言えばバンドブームだった時代。そんな彼らの80年代後半の曲を聴くといつも思い出す”空気感”がある。
秋葉原ビルの空気感に似ている。
もしくは、誰もいない工業地帯の空気感かもしれない。

音楽はその時々の記憶とリンクする。
僕が、レピッシュやユニコーンなどの曲を聴くときに思い出すのはそんな空気感だ。

秋葉原ビル。昔はとんでもなく汚かった。1Fに海外タバコの店があってよく珍しいタバコを買っていた。友人たちと集まるのにちょうど良い駅だったので電気街と言うよりは待ち合わせの駅だった。

よく電気街口のキオスクの前でタバコを吸って待っていたものだ。スマホどころか携帯も珍しかった時代。

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今は、ビジネスビルが建っている場所には巨大な駐車場とバスケットコートがあった。勿論、AKBも存在しなかった時代。電気のパーツ屋が立ち並ぶ街だった。

僕たちはそこで待ち合わせて御茶ノ水まで歩き、当時のインディーズのCDを買ってはダンキンドーナッツ(今は吉野家)でメロンソーダを飲みながら本日の収穫物を見せ合ったものだ。ネットで音楽を買えるようになるのにはまだ20年ほど早かった。

ユニコーンの初期の音楽はその空気感がある。勿論、個人差はある。僕にとってのユニコーンの初期は秋葉原だったのだ。人それぞれだと思う。

思い出は音楽と共にパッケージ化されて記憶にメモリーされていく。ふと思い出して最近聞いてない音楽を聴いたときに突然昔の思い出がフラッシュバックされるのはそのせいだと僕は思う。

初期のユニコーンにはマイナー系の切ない男女のラブロマンスの曲も多かった。今では全然考えられないであろう。奥田民生にとって黒歴史となるかもしれないラブソング、だ。

当時、彼女もいない我々はその曲を聴いて、勝手に妄想の恋愛をしていた。物語の最後は大抵バッドエンドだ。

僕はタバコを吸う。お酒も飲む。
飲み屋から一歩出て、ほろ酔い気分で女の子を思いながらタバコに火をつける。広がるのは、秋葉原の電気街か、川崎の工業地帯だ。
風は、少し涼しくもある。決して暑くない。酔いを醒ますのにはいい温度だ。

大抵、金曜の夜か土曜の夜である。

実は僕がユニコーンの音楽を知ったのは入社1年目。実にユニコーンが解散した時期である。だから昔の音楽を買い漁った。1stアルバムからユニコーンは完成していた。歳を追うごとに無駄な音を省くようになって言った。こう言うバンドは長生きする。

久々に、昔のユニコーンの動画を見た。
いつもと変わらぬ秋葉原の風景が頭をよぎる。数杯ビールを飲んでから店を出る空気感だ。

この思いは大事にしていこう、そう思った、日曜の夜なのであった。

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